魔界で始める第二の人生

クラメンス王国の王女であるリラは、若く美しく、国民からも愛されていた。
しかし彼女が十八歳になった年、どこからともなく魔王が現れ、彼女を遠い魔界の城へと連れ去ってしまったのである。

悲しみにくれた国王は、何とかしてリラを取り戻そうと軍人たちにおふれを出した。
“魔王を倒し、見事王女を助け出してくれた者には、何でも望むものをやろう”
この一言で多くの軍人がリラ救出へと向かった。

一方、そんなこととは知らないリラは薄暗い魔界の城で毎日心細く過ごしていた。

リラ「はぁ…もうこれで何日目かしら。きっと私はこのままここで死んでいくんだわ…」

魔王「そう気を落とすな。お前はもうすぐ正式に私の妻になる。嬉しいだろう?」

リラ「嬉しいわけないでしょ! 大体いつの間に妻になるなんて決まったのよ!」

魔王「うむ、つい一時間ほど前に突然閃いてな。ナイスアイディアだろう?」

リラ「どこがよ! 馬鹿じゃないの!?」

魔王「うむ、そういう気の強いところもなかなか私好みだ」

リラ「最悪!」

魔王「まあそう怒るな。ほら、お前の為に特製のスイーツを持ってきてやったぞ」

リラ「そんなもの要らないわ」

魔王「そうか? 魔界一のパティシエが作った濃厚チーズケーキなのに」

リラ「なっ、チーズケーキですって!?」

魔王「左様。契約酪農家から仕入れた厳選牛乳を使用した濃厚チーズは舌に絡みつき一度食べたら忘れられないと専らの評判、そのリピーター率は脅威の99%」

リラ「ゴクッ…」

魔王「チーズは、クリームチーズ・カマンベールチーズ・チェダーチーズ・ゴーダチーズの4種を贅沢に使用しました」

リラ「4種類も!?」

魔王「しかも今回はお前の為に特別に特製ベリーソース添えにしてみました」

リラ「そんなの美味しく頂くに決まってるじゃない!!! よこしなさい!!!」

魔王「ふふ、魔界一のチーズケーキを前にしては、由緒正しきクラメンスの王女もただの女だな」

リラ「ああ、なんて美味しいの!? このチーズケーキ最高!」

魔王「私と結婚するともれなくこのチーズケーキが毎日食べられるぞ」

リラ「うっ…」

魔王「どうだ、魅力的だろう?」

リラ「そ、それとこれとは違うんだからッ!」

魔王「そうか? 残念だなあ。スイーツだけでなく肉料理も豊富なのに」

リラ「肉ですって!? それを先に言いなさいよ!」

魔王「ふふ、今夜は霜降り肉ステーキをご馳走しよう。楽しみに待っていろ」

リラ「そんなの楽しみにするに決まってるじゃない!!! 早く調理しなさいよ!!!」

そんなやりとりをした数時間後。
待ちに待った夕食タイムがやってきて、リラはうきうきしながら食卓の席についた。
見ると、テーブルの上には眩暈がしそうなほど高級な肉がデカい塊のまま各種ズラリと並んでいる。

リラ「ゴクッ…な、なんて素敵なのかしら…!」

魔王「ふふ。さあ、たーんとお食べ」

リラ「言われなくてもかぶりついてやるわよ!!!」

魔王「ふふ。食後はデザートも用意してあるぞ」

リラ「言われなくても最初から期待してたわよ!!!」

そう言って、いざ肉に手を伸ばそうとした瞬間――

バタン!!

突然ドアが開き、魔王の手下が慌てた様子で入ってきた。

手下「魔王様!大変です!」

魔王「何事だ?」

手下「人間界から追手が来たようです!」

魔王「なに? 人間界から?」

手下「はい。屈強そうな軍人が数人、城の前までやってきています」

魔王「ふむ。ここまで来るとは見上げた奴らだ。しかし無事に帰すわけにはいかんな」

手下「しかし魔王様、奴らは予想以上に強くて、もう何人も仲間がやられているんです」

魔王「なに? それは本当か?」

手下「はい。まさかここまでやられるとは思っていなくて…」

魔王「そこまで屈強な奴らとはな。ここは私が行くしかないか。仕方ない、食事は中断だ」

リラ「ええっ!?」

魔王「悪いなリラ。ディナーは戦闘の後でな」

リラ「どっかのタイトルもじったような言い方やめてよ!」

手下「あ、大変です魔王様! 奴らがもうここまで…!!」

手下がそう叫ぶと同時に、人間の男達が数人、食事の間に入り込んできた。
男達は皆いかつい武器を手にしており、その外見はいかにも無骨な軍人といった具合である。

軍人「リラ王女! ご無事ですか!?」

リラ「ええ…私は大丈夫よ」

軍人「我々はリラ王女を助ける為にここまでやってきました。さあ、私達と一緒に人間界に戻りましょう」

リラ「人間界へ…?」

軍人「そうです。もうこんなに薄暗い城で怖い想いをしなくても良いのです」

リラ「それはそうだけど…」

軍人「さあ早くこちらに来てください!」

リラ「え、ごめん、ちょっと待って。今行かなきゃ駄目?」

軍人「何言ってるんですか、当たり前ですよ。早くここを出ましょう!」

リラ「いや、でもその、なんていうか、もうちょっと後でも良くない?」

軍人「はい?」

リラ「ほら、貴方たちがきっちり魔王を倒すのを見届けてからの方が良いと思うの。そうじゃないと不安だもの」

軍人「リラ様は我々が魔王を倒せないとでもお思いなのですか?」

リラ「そんなことないわよ! でも、万が一ってこともあるじゃない?」

軍人「分かりました。ではこれから我々がサクッと魔王を倒します」

リラ「頼もしいわ、ありがとう」

軍人「そうしたら国王様との約束通り、我々の内の誰かを選んでください」

リラ「ん? なんのこと?」

軍人「魔王を倒し王女様を連れ戻したら何でも願いを叶えてくれるという約束なんです。で、我々は全員、リラ様との結婚を望んでいます」

リラ「はあああ!?」

軍人「毎日リラ様のお顔を眺められるなんて、今から既に幸せです!」

リラ「いやいやいやちょっと待って。私と結婚するってことは次期国王になるってことでしょ。婿入りするの?」

軍人「いえ、その辺りは国王様とミーティング済みなんですが、リラ様のことはお嫁にやると言っていました」

リラ「ええええ!?」

軍人「ですから軍人の妻ってことになりますね」

リラ「軍人の妻…」

軍人「大丈夫です!俺ら軍人は国からお金も貰ってますから、そこそこ生活も安定してます」

リラ「そこそこ…とは?」

軍人「そうですね。月1で焼肉できるくらいにはリッチですよ」

リラ「月1で焼肉!!」

軍人「どうですか、最高でしょう?」

リラ「ちょっと魔王! 貴方の妻になったらどんな暮らしができるの!?」

魔王「ふふ。毎日シャレオツなシャンパンで乾杯、高級肉のビュッフェで舌鼓を打ち、〆は最高級パティシエの創作デザート。ブランチには無農薬野菜をふんだんに使用したミネストローネスープとオーガニックブレッドもご用意しております」

リラ「お金はどこから入ってくるの?」

魔王「魔界の手下全員から徴収してます。絶対服従の世界なので、魔王である私はまず食いはぐれはありません」

リラ「安定高収入! なんという好条件!」

軍人「リラ様、魔王の言葉などに惑わされないで下さい。我々は人間なんですよ。どう考えたって人間同士で結婚すべきです」

リラ「でも貴方たち全員、私の好みじゃないのよ!!」

軍人達「ガーン!!!」

魔王「隙アリ!」

軍人達「ぐおッ!!! し、しまっ…た…ッ…」

一瞬の隙をついて攻撃した魔王は、見事軍人達を倒した。

魔王「ふふ。どうかな、私の戦いっぷりは。なかなか良かっただろう?」

リラ「一発で仕留めるとは…さすが魔界のトップね!」

魔王「どうかな? 私と結婚してくれるならまず一緒にこの夕食を…」

リラ「美味しく頂くにきまってるじゃない!!! 永遠にね!!!」

こうしてリラ王女は、魔王の妻として新たな人生をスタートさせた。
その後も何度か人間界からの追手がやってきたが、魔王の手によって倒されたことは言うまでもない。
勿論、リラ王女が人間界に帰ることはなかった。

END