後悔バス

柴海和輝:
高校生。

佐原夕実:
和輝の同級生。

運転手:
後悔バスの運転手。


柴海和輝『俺はバス亭の前でため息をついた。中学の時から好きな女子がいるのだが、フラれてそれを噂されるのが怖く、告白できないまま高校生になってしまった。高校は別なので告白する機会を失った。高校にもかわいい女子はいることにはいるが、俺の好きな女子、佐原夕実ほどかわいくはない。
ただ佐原は地味なために覚えづらい顔立ちをしている。今は覚えているが、あと二、三年したら記憶がぼやけてしまいそうだ。その前になんとしても告白のチャンスを掴みたい。
今ならフラれても別々の学校なのだから噂をされる心配もない。家に押しかけて告白するのが一番なんだが、家を知らない。さてどうしたものか……』

和輝が計画を練っていると、バスが止まった。『後悔バス』と表示されていた。後悔バス? 何だそれは?

プシューと扉が開き、運転席に座る若い女の姿が見えた。

運転手「過去に後悔したことを一度だけやり直すことができる。それが『後悔バス』です!」

聞いてもいないのに運転手は説明した。

しかし過去をやり直せるなんてできるわけがない。となるといったい何の冗談なんだ?

運転手「どうです? 乗ってみませんか?」

柴海和輝「そんなことできるわけないじゃないか」

運転手「本当ですよ。嘘ついたところで何の得にもなりませんからね」

まぁ、確かにただの高校生の俺にそんな嘘をついても何の得もないだろうな。

運転手「ただし良い方向に転ぶか悪い方向に転ぶかはわかりません。やり直してみないことには何とも言えません」

俺はまだ乗るとも何とも言っていないのに、勝手に話をすすめるな。

とはいえ何だか面白そうだ。どうせ暇だし、運転手一人なので危険な目にあうこともないだろう。

俺がそう決意しバスに乗り込むと同時に扉が閉まった。

運転手「それでは百円いただきます」

柴海和輝「金取るのか?」

運転手「商売なんで」

やむを得ず財布からなけなしの百円を出して、運転手に渡した。男子高校生は貧乏なんだ。

運転手「それでは出発!」

後悔バスは走り出した。

運転手「お客さん、お名前は?」

柴海和輝「柴海和輝だ」

俺は窓の外に視線を映す。窓から見える景色は、なぜか複数の色が混じり合ったようなグニャリとした空間だった。

視線をバス内に戻した。ずっと眺めていると気持ち悪くなりそうだからだ。

運転手「もうすぐ到着しますよ。柴海さん」

運転手は運転しながら、言った。

運転手「到着しました。そのドアから降りてください」

俺はさっきのグニャリとした空間の事が気になりつつも座席から立ち上がる。

運転手「やり直せたら『後悔バス』に戻ってきてくださいね」

柴海和輝「ここはいったいどこなんだ? ん? ここは俺が通っていた中学校じゃないか? 元の場所まで帰してくれるんだろうな? それから――」

運転手「ここは過去です。柴海さんの中学校時代まで戻ってきたんです。とにかくバスから降りてください」

柴海和輝「…………」

いきなりバスに乗せといてお金まで取って、今度はバスから降りろだと。

ここがどこかもわからないのに、降りられるわけないっつーの。

運転手「さぁ、早く降りてください」

柴海和輝「いやいや、その前にさっきの俺の質問に答えるのが先だろ? ここはどこなんだ?」

運転手「ここはあなたの過去です」

まさかこの運転手、少し頭がイカれてるのか? くそっ、こんなバスに乗るんじゃなかった。

運転手「さぁ、早く、はや」

ドンッ!!!

おわっ、あの運転手、バスから俺を放り出しやがった。

数十年以上の歴史を持つ古い学校のため、校舎のところどころに黒ずみが多く見受けられる。

階段を上がって、教室を目指す。生徒は微動だにせず、止まっている。

俺は中学生の俺がいた席に座った。その途端止まっていた時間が動き始める。

授業が始まった。

授業がすべて終わった放課後。俺は佐原を人気のないところに、呼び出した。

佐原夕実「話したいことって何かな?」

佐原は地味な顔で俺を見つめる。

柴海和輝「好きだ。付き合ってくれ」

佐原夕実「え? そ、そんなきゅ、急に告白されても」

佐原は驚いた表情で俺を見つめる。

柴海和輝「いや、告白は急にされるもんだろ。告白される前振りとかあるか?」

佐原夕実「ないね。あ、何か今日私告白されそうな気がするってならないもんね」

佐原はうんうんと頷く。

柴海和輝「付き合ってくれるか否かの返事を貰いたい」

俺は佐原の目を見つめる。

佐原夕実「いいよ。付き合ってあげる。断るのも何だか悪いし」

告白が成功して良かった。失敗したら無理やり脅すところだった。

目的は果たせたし、後悔バスに戻るとしよう。

柴海和輝「用があるから、これで失礼する。時間取らせて悪かったな。じゃあな、佐原」

佐原夕実「うん、バイバイ柴海くん」

俺は佐原に手を振って、後悔バスへ戻った。

運転手「やり直しはうまくいきましたか? 柴海さん」

柴海和輝「ああ、うまくいった」

元の世界に帰れば、俺と佐原は恋人同士になっていることだろう。関係が良好かどうかはわからないが、そうであることを願う。

学校は別々だし、佐原をデートに誘うには電話をかけるか直接家に出向くしかない。学校でできれば楽なんだけどな。

告白しただけで住所と電話番号聞いてないからな。翌日に佐原が中学時代の俺に教えるかもしれないし、怪しまれないようにそれとなく佐原に聞き出すとしよう。

もしかしたら高校一緒になっている可能性があるな。同じ高校に通おうってことになっていてもおかしくはない。恋人同士ならそうなる可能性は高い。

しかし、告白したのは今の俺であって、中学時代の俺じゃないからな。中学時代の俺に告白した記憶があるかどうか。あってもらわなくては困るが。

運転手「中学時代の柴海さんの脳内にやり直した出来事は刷り込まれていますのでご安心ください」

俺の顔色から心情を察したのか運転手はそう言った。

運転手「それとやり直しが成功した日から現在までの日々の記憶は、柴海さんが『後悔バス』を降車した瞬間に脳内に記憶として刷り込まれますので」

中学時代の俺と佐原が付き合ってからの日々が降りた瞬間にわかるってことだな。

運転手「そろそろ到着しますよ」

どんな日々を過ごしたんだ、中学時代の俺よ。

運転手「はい、到着しました」

俺は『後悔バス』を降りた。その瞬間、脳内に中学時代の俺が佐原と仲良くデートをしている映像が浮かんできた。ふむ、初キスは佐原の家か。

それにしても佐原の私服ダサすぎるだろ。何で肩辺りにポケットついてんだよ。何入れんだよ、そこに。取りづらいだろ、そんなところにポケットあっても。

服のデザインもパンダなのかクマなのかよくわからないし。絶対絵心がないやつが描いたろ。かわいいのに私服がダサいのはなんか残念だ。まあ、いいけど。

高校は一緒、それにクラスも一緒のようだな。ふむふむ、この後俺は佐原と逢う約束があるようだな。

それじゃ、佐原の家に行って、恋人らしいことをしに行くか。

俺が佐原に告白してから、数年の月日が流れ、俺たちは結婚した。たまに喧嘩をするときはあるけれど、概ね仲はいい方だった。

そして、結婚してからさらに十数年の月日が流れ――

すっかりおばさんになってきた佐原、いや柴海夕実が最近どうもあの運転手に似てきたような気がする。

あのお・ん・なの運転手に……いや、まさかね。