迷宮求深者 −Deep Diver− 第2話

●少女:
冒険初心者の、エルフの少女。
何かの目的の為、迷宮探索を試みるが……

●リュウヤ:
イリスが最初に出会った戦士。
その実力は不明瞭。

●モトス:
リュウヤとコンビを組んでいる盗賊。
迷宮の知識は豊富だが、実力は不明瞭。


?「あの、剣を、か……返してください!」

リ「あ、ごめん! うっかりしてた。
ありがとうな」

やや怒り気味の少女に、リュウヤは頭を掻きながら剣を手渡した。

?「あの、さっきは、一体何を?」

リ「ああ、あいつの頭と鉄球、まとめてぶっ叩いた」

?「え?」

少女は、先ほどの光景を回想するが、それは無理があり過ぎる回答だった。

小首を傾げながら、少女は剣を確かめようと、鞘から引き抜いてみた。

——ポキ……っ

?「!!」

リ「わっ?!」

剣の刃が、ほぼ中間から折れていた。

少女の目に、みるみる涙が溜まっていく。

リ「ご、ごめん! わ、悪かった!! べ、弁償する!」

?「お兄様の……形見が……」

リ「え?」

?「酷い……酷すぎます……!!」

リ「あ、あわわわ」

とうとう泣き出してしまった少女を前に、リュウヤはただうろたえるしかなかった。

少女の名前は「イリス」といって、エルフ族だった。

一年前に兄が迷宮で消息を絶ったため、その行方を追うために、家族の反対を押し切って単身ここにやって来たのだという。

リュウヤが折ってしまった剣は、そこらの武器屋で容易に手に入る、ごく普通の流通品に過ぎない。

しかし、兄が自宅に残して行った唯一の形見で、またこの一年間、イリスが訓練に使用してきた、大事な思い入れが詰まった物だった。

リュウヤは武器屋に剣の補修を依頼し、代わりになる武器を弁償することで、かろうじて彼女の許しを得ることが出来た。

リ「さて、さっきの酒場の話だけど——
イリス、お前さんはここで、今から仲間を集めるつもりか?」

イ「はい、そのつもりなんですけど……いけませんか?」

リ「いけなくはないけど、厳しいと思うぜ?」

リュウヤが懸念するのには、理由があった。

王国キングダム・ブランディスの主要都市ハブラムには、二十年前に突如発見された巨大地下迷宮が存在する。

王家が、ここの探索に巨額の報奨金とランクアップを掲げた為、多くの者達が集まって来る。

しかし、二十年経った現在においても尚、迷宮の全貌は調べ尽されていない。

冒険者達は、複数名で「パーティ」と呼ばれるチームを組み、これを事前に登録してから探索に入ることが義務付けられている。

逆に言うと、未登録の者は探索が行えないのだ。

この街にやって来た者は、酒場など冒険者が集まる所で仲間を集い、それから登録を行うのがセオリーなのだが、その際に重要視されるのが「ランク」なのだ。

リ「イリスのランクは3だろ?
さっきの連中が言ってた事は、本当だ。
正直、今はランク10以下はお呼びじゃないって状況だぜ」

イ「ランク10……兄は、ランク13でした」

リ「13っていったら、一人前の実力だなあ。
んで君は、迷宮潜って何をしたいんだ?」

イ「はい、それは——」

イリスは、自分の身の上を語り始めた。

兄ドウラは、数年前から故郷を旅立ち、仲間達と共にこのハブラムに篭ったという。

しかし、とある階層を探索するため迷宮に向かったきり、戻ることはなかった。

ドウラの遺体はおろか、遺品もいまだ回収されていない。

そのため、兄の生死の明確な確認や、遺品、遺骨の一部でも見つけたいというのが、イリスの目的だった。

リ「そりゃあ、気持ちは良くわかるけども……
正直、今からじゃかなり無理っぽいな」

イ「……」

リ「い、いや、だってさ。一年も前だろ?
だったらモンスターに死体も……されちまったかもしれないし」

イ「……でも、でも……」

リ「う〜ん、きっついなぁ。
どうすりゃあいいんだろう?」

今にも泣き出しそうなイリスを横目に、リュウヤは空を仰いで考える。

しばらく悩んだ後……

リ「なあイリス。
良かったら、俺達と組まないか?」

イ「え?」

リ「俺たちの仲間、ちょっと訳ありで、今この街の外にいるんだ。
ここに集まる予定なんだけど、まだ時間がかかるっぽいんだよな。
だからそれまでに、俺らと一緒に潜ってみねぇかい?」

イ「そ、それはありがたいのですが……
り、リュウヤさんの戦士ランクは?」

リ「オレ? ——ノーランク」

イ「?!」

リ「まあ、ランクの大小なんか、関係ねぇって!」

イ「あ、あの、ちょっと!!」

「ノーランク」とは、先のランク外……すなわち、技術取得査定を全く受けていないというもので、言い方を変えれば「レベル0(ゼロ)」を意味する。

さすがにイリスも、これには呆然とするしかない。

イリスは、リュウヤに強引に引っ張って行かれた。

待ち合わせ場所の、木賃宿に——

数時間後——

?「——ふむふむ、なるほど」

リ「というわけなんだ。
あいつらが来るまで、まだ間があるだろ?
だから、その間にちょちょっと、さ」

?「そうだなー、まあ、オレはいいよ。
問題は、その子が納得してくれるかなーってことだ」

イ「あ、あの、こちらの方は?」

リ「コイツは、俺達のメンバーの一人で、モトスってんだ」

モトス「ども、初めまして!
モトス言いまーす! 盗賊でーっす☆」

イ「と、盗賊……さん?」

イリスは、目の前の席に座る、黒髪のバンダナ男を凝視した。

「盗賊」というのは所謂俗称で、実際は技巧師・特殊技術者のことだ。

迷宮内の探索時、各所に設けられた罠の発見や解除、迷宮構造の把握や正しい進路・帰路の確認など、主に戦闘以外の面で活躍するスキル持ちである。

彼らには、戦士のようなランクは存在しないので、実際に同行しなければその能力の大小はわからず、また「魔法」も使えず、戦闘能力も戦士には遠く及ばない。

——いわば、「必要だけど過度な期待は出来ない」特殊な人材ということだ。

リ「よし、じゃあ早速行ってみようか」

モ「気が早いね〜。せめて何か食わせてよ。
オレ、さっきここ着いてから、何も食ってないんだからさー」

リ「歩きながら食えるだろ、お前なら」

モ「まったく、リュウヤは強引なんだからなー」

イ「え、あ、あの、ちょっと!」

早速腰を上げ、出かける準備を始めようとする二人に、イリスは慌てて声をかけた。

イ「あの! ぱ、パーティは、最低限6人は必要だと伺ってます!
それに、あの、失礼ですけど、この中に魔法が使える方は?」

イリスの質問に、リュウヤとモトスは顔を見合わせ、同じポーズで首を横に振った。

リ・モ「「 おりませーん 」」

イ「そ、そんな! 大丈夫なんでしょうか?!」

リ「大丈夫だってば。
迷宮ったって、今日はそんな深いとこまでは行かないから」

モ「そそそ、ひとまず今日は、雰囲気だけでも感じればいいじゃない」

イ「は、はあ」

モ「心配しなくても、必要な道具や消耗品は、全部 リ ュ ウ ヤ が
出してくれるから、軽い気持ちで行こうよ!」

リ「え~、お前も少しは出せよ!」

モ「おや~? 女の子の前でケチ臭い態度取るなんざ、
男のやることじゃないとか、いつぞや大見得切ってたのは、
どこの戦士様でしたでしょうかねぇ~?」

リ「うぐ、つ、つまんねぇ事をよく覚えてるなぁ!」

モ「じゃあ早速、保存食料と、水筒と、毛布と……え~と」

モトスは、そういうとボロい羊皮紙を取り出し、なにやらメモを取り始めた。

内容は、これから迷宮探索を始めるために必要な道具一式と、その配分のようだ。

素人目にも、そのまとめは的確で、少人数でも無理なく持って行けるように配慮が為されていることが伺える。

モ「これは、いつかイリスちゃんが一人立ちした時にも使える筈だよ。
もし良かったら、持ってなよ」

イ「あ、ありがとうございます!」

リ「あ、モトスずっこい!
こーいう所で好感度アップ狙いかよ!」

モ「ふははは、悔しいかねリュウヤ君?
君も体力バカだけじゃなく、たまにはこういう知恵を使ってだn——
イデデデデ! ほっへひっはうら(ほっぺ引っ張るな)!!」

リ「ええかっこしてんじゃねぇ!
い、イリス! じゃあ早速、道具買いに行こうぜ!
出発は明日にして、今日はそこで一旦休もうz……ギャアア!!」

リュウヤの手に噛み付いてブンブン振り回されるモトスの、あまりにマヌケな姿に、イリスはとうとう……吹き出してしまった。

イ「あはは……あはははははは♪」

腹を抱えて笑うイリスの姿に、二人の男の表情が一瞬和み、また——続けた。

二人はイリスに、迷宮探索についての準備や心構え、基礎知識を丁寧に教えてくれた。

それは一度に全部覚え切れるものではなかったが、全くの予備知識を持たなかった彼女にとって、とてもありがたい情報に他ならない。

期待していた以上の対応をしてくれた二人に、イリスは大きな感謝の気持ちを抱くのと同時に、疑問も浮かび上がって来た。

イ(このお二人は、見ず知らずの私に、どうしてこんなに
親切にしてくれるんだろう?)

イリスは、以前噂で聞いたことがあった。

ハブラムには、非常に多くの冒険者が集まるが、その中には「アウトロー」と呼ばれる無法者達も多く含まれている、と。

その中には、迷宮探索を行う冒険者を襲い、金品や装備品を強奪してしまう輩もいるのだという。

そういう連中のよくやる手段は、親切そうな先輩冒険者を装い、親しげに接近して、隙を見せた途端に襲撃するという極悪なものらしい。

イリスは、ふとそんな話を思い出し、身震いした。

イ(だ、大丈夫……こ、この人達は違うわ……多分。
そ、それに、たった二人だし!
ランクも、そんなに高い相手じゃないし!)

リ「ん? どうした? 真っ青な顔して」

モ「気分悪くなった? 今日はこの辺にしとこうか」

イ「い、いえ……あ、あの、そうですね」

リ「? じゃあ、明日から一緒に迷宮の中に入ってみっか。
今日は出来るだけ早く休んで、疲れを癒しておけよ」

モ「予算が少なくて、あまり良い宿じゃないけどね~。
おやすみー!」

イ「おやすみなさい……」

おやすみとは言うものの、就寝にはまだかなり早い時間である。

イリスは、普段着に着替えると、もう一度昼間の酒場「ジントニ」に向かってみた。

夕食時前のせいか、店内は客がまばらのようだった。

店「お? さっきの嬢ちゃんじゃないか。
あいつらはどうしたい?」

イ「あ、あの、お聞きしたいことがあるんですけど」

店「なんじゃい? 藪から棒に」

イ「はい、実は——」

翌朝、午前十時頃。

木賃宿で朝食を済ませたリュウヤとモトス、イリスの三人は、迷宮入り口へ続く長い石廊下の門に立つ、二人の門番兵達に謁見した。

謁見と言っても、彼らの取り出す帳面に、パーティネームとメンバー構成を記述するだけだ。

「パーティネーム」とは、いわばチーム名のことで、これを登録することで、初めて迷宮探索に挑むことが許される。

現在、迷宮内にどのチームが何人入っているか、そして何人帰ってきたかをチェックするために用いられ、もし情報が不一致だった場合は、捜索隊が駆り出される仕組みになっているのだ。
イ「モトスさん、何も打ち合わせしてないのに、何を書いてるのかなって」

リ「ああ、いつもの俺達のパーティネーム書いてるんだわ」

イ「そういえば、リュウヤさん達のパーティネームって、
お伺いしてなかったですね?」

リ「ああ、俺たちは——“クルッジ”ってことで」

イ「クルッジ? どういう意味なんですか?」

リ「まあ気にするなって」

門番の横を通る際、イリスはふと、帳面の記述を見た。

「クルッジ」の通しナンバーは、なんと384,972になっていた。

門番A「おい、また“クルッジ”かよ」

門番B「何組目だよ、この“その場しのぎ”って名乗ってる連中は?」

背中越しに微かに聞こえた門番達の声に、イリスは思わず背筋を震わせた。