地獄の歩き方

生前悪いことばかりしていた安蔵は、死後、地獄へと落ちた。
まさか冗談だろうと思っていたものの意外と地獄というやつは辛くて、あれをしろ、これとしろ、とだいぶ仕事が多かった。
しかし生前悪いことばかりしていた安蔵にとって、言われた通り働くなんていうのはありえないことである。
そんなわけで安蔵は、地獄内で一番偉い閻魔(えんま)さまに賄賂(わいろ)を贈ることにした。

安蔵「これ、どうぞお納めください」

閻魔「おお、これは地獄名物の温泉玉子ではないか」

安蔵「左様でございます。この玉子を作るには、ふつふつした地獄マグマの側で作業しなくてはなりません。即ち、我々人間にはかなり辛い作業です」

閻魔「なるほど。その辛さを乗り越えてきたと、お主は言いたいのだな?」

安蔵「左様でございます」

閻魔「ではお前の血と涙の結晶である温泉玉子をさっそく食べてみようか」

安蔵「はっ。どうぞご堪能ください」

閻魔「もぐもぐ……」

安蔵「いかがでしょうか、閻魔様?」

閻魔「うーん……マズい!!!」

安蔵「え!? マズイ!?」

閻魔「普通の温泉玉子と違って白身のプルプル感が足りない上に、口に含んだ瞬間にどことなくネガティブな気持ちになる…それどころか咽喉(いんこう)を通し全て食べ終わった時には若干自害したくなる! なんだこれは!! お主は私を馬鹿にしておるのか!!」

安蔵「め、滅相もございません!! 恐らくそれは何か配合を間違えたのです!! 次こそは必ず閻魔さまのお気に召す品を献上いたします故!!」

閻魔「おう、早くしろよ!!」

こうして閻魔にダメ出しされた安蔵は、いろいろ考えた末に新しい賄賂を生み出した。

安蔵「閻魔様、新しい品でございます。どうぞお納めください」

閻魔「おお、これは地獄名物の骨つき肉ではないか」

安蔵「左様でございます。この骨付き肉を作るには、元人間である仲間を見放し、灼熱の地獄の炎に焼かれのた打ち回る彼らを凝視し、良い感じに焦げたところで人体から切り取る必要がございます。即ち、我々人間にはかなり辛い作業です」

閻魔「なるほど。その辛さを乗り越えてきたと、お主は言いたいのだな?」

安蔵「左様でございます」

閻魔「ではお前の血と涙の結晶である骨付き肉をさっそく食べてみようか」

安蔵「はっ。どうぞご堪能ください」

閻魔「もぐもぐ……」

安蔵「いかがでしょうか、閻魔様?」

閻魔「うーん……マっズ!!!」

安蔵「え!? また!?」

閻魔「普通の骨付き肉と違って肉の柔らかさが足りない上に、なんだこの脂身のなさは!!」

安蔵「あっ、すみません。こいつ、めっちゃ細身の奴だったんで…」

閻魔「ふざけるな! 肉料理だったらぷっくり太った奴を使うに決まってるだろう!? それをなぜこんな痩身体躯(そうしんたいく)みたいなバカヤロウの肉を使ったんだ! あ~食べる気しない! てか食べるトコ少なっ!!」

安蔵「も、申し訳ございません!! どうやら肉のチョイスを間違えたようです!! 次こそは必ず閻魔さまのお気に召す品を献上いたします故!!」

閻魔「おう、今後こそ頼むぞ!!」

こうして二度も閻魔にダメ出しされた安蔵は、今度は更にいろいろ考えた。
次はもう失敗は許されないだろう…何としてもこの地獄から一人脱出するためには、閻魔の気分を良くし、他のヤツラを出し抜くことが必要である。
その為に送る賄賂として相応しいものは何か…安蔵は考えに考えぬいた。
そして翌日――

安蔵「これ、どうぞお納めください」

閻魔「おお、これは地獄専用の通貨ではないか。しかもこんな大金…」

安蔵「左様でございます。この大金を得る為にはあっちにヘコヘコこっちにヘコヘコ、おべっかを使いまくって媚を売ってゴマを擦って大変だったのです」

閻魔「なるほど。その辛さを乗り越えてきたと、お主は言いたいのだな?」

安蔵「左様でございます」

閻魔「ではお前の血と涙の結晶であるこの大金をさっそく頂こうか」

安蔵「はっ。どうぞお納めくださいませ」

閻魔「うーん、良い眺めじゃ。……しかし」

安蔵「しかし?」

閻魔「こう言っちゃなんだが、ワシは閻魔大王だから、金など使わなくても何でも願いが叶うんじゃ。だからぶっちゃけコレは要らないなあ」

安蔵「え!? せっかく集めたのに!?」

閻魔「だってそこら辺の鬼に“有り金全部よこせ”って言ったら普通に涙流しながら差出してくるからのう。結構意味ないわな、こんなはした金」

安蔵「はした金!!」

閻魔「お主は今迄いろいろと私が楽しめる余興を用意してくれたが、どれもイマイチじゃったな」

安蔵「そんなあ!!」

閻魔「お主は生前だいぶ悪いことをしてたんだってな?」

安蔵「そ、それはまあ…。でも地獄ではそんな事関係ないでしょ? リセットでしょ!?」

閻魔「でもお主の余興はイマイチ楽しくなかった。その余興の為にワシの尊い時間が失われたことは確かじゃ。あ~無駄だったなぁ~」

安蔵「そんなヒドイ!!」

閻魔「ま、そういうわけだからワシはもうお前の賄賂には付き合わんわ」

安蔵「え…じゃあ俺は…」

閻魔「地獄からもリストラじゃな」

安蔵「リストラあ!? てか、地獄の先なんてあるんですか!?」

閻魔「まあ超地獄じゃな」

安蔵「超地獄…」

閻魔「安心するがよい。超地獄に行った瞬間、意識はなくなるからのう」

安蔵「そ、それだけは勘弁を!!」

閻魔「さらばじゃ、安蔵。超地獄で自分の行いを悔い改めるがいい」

安蔵「うわああああ!!!!」

こうして安蔵は超地獄へと堕ちていった。
その後、当然安蔵の意識はなくなった。
しかし諦めの悪い安蔵は、無意識の世界で、無意識のまま、無意識のうちに超地獄のボスに賄賂を贈り続けるのだった。
飽きない男の末路は――誰にも分からない。

END