妖精女王のメイド生活

私(わたし):
中学1年生の女の子。お菓子作りが趣味。

ご主人さま(ごしゅじんさま):
館の女性主人。

おじいさん:ご
主人さまの執事。

女の子(おんなのこ):
花の妖精。調子が軽い今どきの子。


学校に居残りで、帰りが遅くなってしまった。

もう日は落ちてあたりは薄暗い。早く帰らなければママとパパが心配するかもしれない。

そんなことも考えたけれど、いそいで帰る気にもなれない。夜の暗い道を自転車で走るのは、いつもと違った特別な気分になる。

街灯の灯りが白やオレンジ色にぼんやりと輝いている。誰ともすれ違うことなく、タイヤのうなり声だけが聞こえてくる。

でも、その夜は何かが違っていた。

何か違和感(いわかん)を感じる。家までの距離を半分過ぎても、誰ともすれ違うことがなかった。

夜といっても、夕方が終わったくらいで、それほど遅い時間ではないはずだ。

なんとなく怖くなって立ちこぎをしようとした、そのときだった。

何かがヘルメットに当たった。

ゴツッという大きな音だ。ブレーキをかけて辺りを見回すと、黒い塊が落ちている。

近づいてみると、大きなハチだった。

こんなに大きなハチは見たことがない。

私とぶつかったせいだろうか、動く気配がない。

せめてどこかに埋めてあげようかと手を伸ばしたとき、ハチの影から何から出てきた。

顔を出した、と言ってもいい。

それは小さな女の子だった。大きさは親指程度だが、背格好は私より年上に見える。

――あのう、ごめんなさい。

私が声をかけると、焦った調子で何かを言っていた。声が小さすぎて聞きとれない。

叫ぶようなしぐさをしているが、虫が鳴く程度にしか聞こえない。

私は筆記用具から、使いこんでウンと短くなったえんぴつと、ちぎったメモ用紙渡した。

小さな女の子は、えんぴつを抱えて文字を書きだした。

時間を忘れてその姿に見入っていた。

――これからお仕事へ行くために急いでいたの。でも手をケガしてしまったから行けそうもないわ。初日から、お休みしたらクビになっちゃう。もし悪いと思っているなら、私のふりをして、代わりに行ってくれないかしら? 今日一日だけ、お願い!

私が悩んでいると、小さな女の子は手を抑えてうずくまりながら、チラチラこちらのようすをうかがってきた。

しかたなく、私はうなずいた。しかし、代わりにってどうやって?

小さな女の子は小枝のようなものを取り出して私に向かって振った。小枝からキラキラした光が放たれて、私のまわりにまとわりついた。

きれいだなぁ、と思っているとみるみる女の子が大きくなってきた。まわりの草や私の自転車も大きくなってくる。

これは私が小さくなっているのだ。

小さな女の子は私よりも背が高くなった。

――いやあ、助かるわ。それじゃ、これを握って。

転がって動かないハチに、手綱がついていた。私は言われるままに手綱を握った。

――つかまってれば自動的に到着するから、ふりおとされないようにね。

女の子は私の背中を元気よく叩いた。手を怪我したという話はどこへいったのか。

女の子がハチを蹴飛ばすと、ハチの瞳に光がともったような気がした。止まっていた羽が動き出した。

羽がヘリコプターのような音を立てて羽ばたき、あっというまに飛び上がった。

振り落とされないようにしがみついているのが精一杯だった。

気がつくと、私は小さなお屋敷の前にいた。

――あなたが、お仕事に応募してきたピクシーさんですか? 遅刻ですよ。

背の高く身なりのきちんとしたおじいさんだった。

私はそんな派手な名前ではなかったけれど、はい、とうなずいた。

――それで、いったい何をすれば?

私は訪ねた。

――いまさら何を……。まぁ、いいです。一言でいうのであれば、すべてはご主人さまのために尽くすことです。

ご主人さまって誰だろう。

ブウウウン。私が乗ってきたハチよりも一回り大きなハチが、空から降りてきた。

――お帰りなさいませ。ご主人さま。

おじいさんが見事なおじぎをしてお迎えをした。

――セバスチャン、クマンバチの羽に油を塗っておいてくれ。

――かしこまりました。

ご主人さまは女の人だった。モデルさんみたいに背が高く、長い髪がきれいだ。私のママよりはずっと若い。顔立ちは美しいけど、その瞳からは学校の先生よりもきびしさを感じた。

――何をぼうっとしている。

――は、はいっ?

私は話しかけられたことに気づいて、おかしな声をあげた。

――デク人形に金を払ったつもりはないぞ。

――えっと、いったい何をすれば……?

――靴が汚れているだろうが!

私は慌ててしゃがみこんだ。ご主人さまが私の膝に足をのせる。おじいさんが拭くための布を手渡してくれた。

いっしょうけんめいに泥をぬぐった。

――なんだ、聞き分けのできる、いい子じゃあないか。

ご主人さまは私の頬に手を当てた。厳しい目つきを少しだけ和らげてお屋敷に入っていった。

一日が過ぎたけれど、私は家に帰ることも忘れてしまっていた。ご主人さまは、恐ろしくきれいな方だった。まるで妖精の女王さまのようだ。

家から着てきた服は汚れてしまったので、おじいさんからもらった新しい服に着替えていた。どこかで見たことがある服だと思ったら、昔のイギリスのメイドさんに似ていた。

これからご主人さまにお茶をお出ししなければいけないという。

お菓子作りは得意だったので、手作りのババロアをそえて出した。

――ご主人さま、ティータイムになりました。どうぞ。

物憂げなご主人さまが目だけこちらに向けた。

――このババロア、おまえがつくったのかい?

――はい

私は自信満々で答えた。

――ふうん

ご主人さまはスプーンをぺろりと舐めた。

――今日からデザートはあなたがつくりなさい。

褒められた。私は嬉しくなって飛び上がりそうになった。

――お菓子だけじゃなく、お料理も得意です。いつもママのお手伝いをしているから。ニシンのパイや、エビのビスクなんかも。

――ああ、そう……。

私は調理室に帰ってからもニヤニヤが止まらなかった。

おじいさんが、魚にナイフを入れている。

――何をしてるんですか?

――ご主人さまのランチの支度ですが。

――今日は私にやらせてください。さっきも褒められたんですよ。ちょうど食材もあるし。

おじいさんは少しだけ考えたあと、何もいわずにナイフを手渡した。

――なにこれ?

テーブルに並んだ料理をみて、ご主人さまがつぶやいた。

――私がつくりました。先ほど申し上げた、ニシンのパイとエビのビスクです。

ご主人さまは、はははと笑った。

私の顔に水がかかった。ご主人さまがグラスの水を浴びせかけたのだ。

――クビだ。もう二度と館に来ずともよい。

――は?

私は何がなんだかわからなかった。

――クビだと言ってるだろうが!

ご主人さまはテーブルを叩いた。席を立って自室に帰ってしまう。

私は調理室に料理をかたづけてからも、なぜ自分が怒られたのかわからなかった。

おじいさんは食器をかたしている。

――ご主人さまは、荒々しい気性のお方です。高いお給料を払っても召使いは次々にやめていきます。あなたも、無理をして続けることはありませんよ。

――なぜ、私は怒られたのでしょうか。

――それはご自身で見つけるべきことです。

手際よく片付けをおえて、おじいさんは出ていった。

残ったパイとビスクを食べてみる。味は悪くない。

――何がいけなかったんだろう。

窓から太陽の光がさしこんでくる。ジリジリとこげるようで、蒸し暑い。

自分のつくった料理だけれど、あまりスプーンがすすまなかった。

――ああっ!

私は気づいた。きっとご主人さまもこの暑さで食欲がなかったんだ。なのに、私は自分が気に入ってもらうことばかり考えていた。

得意料理だからって、どんどん押しつけたんだ。なんてバカなことを。

時計を見ると午後のお茶の時間まで一時間を切っていた。

クビになった身だけれど、最後に罪滅ぼしがしたい。

私は調理室を駆けまわった。自分でも驚くような速さでお菓子とお茶の準備ができた。

しかし、クビになった私が持っていったとしても、その場でひっくり返されてしまうだろう。

もう何もできることはない。エプロンをほどいて、どうやって家に帰ろうかと考えはじめていた。時計はティータイムの10分前だ。

――困りましたなぁ。

おじいさんが帰ってきた。

――クマンバチの羽に油をぬっていたら、手に匂いがこびりついてしまいました。誰か、私の代わりにお茶を出しに行ってくれませんかな。ご主人さまにもお伝えしておりますゆえ。

――あ、はい……。

私はドキドキしながらご主人さまの食卓へ向かった。

――おまえ、クビだと言っただろう? 耳までつかいものにならないのか?

――ティティティ、ティーブレイクのお時間です。

ご主人さまは私の持ったトレーに目をやった。

――だったら、さっさと注いでちょうだい。

――はい!

私は震える手で準備をした。

――冷製のブラウニーと、ペパーミントティーです。

――少しは頭をつかったらどうだ? 体の熱を散らす効果のあるハーブと冷菓、誰でも思いつくことじゃないか。

ご主人さまはいかめしい顔でブラウニーを一口食べた。

――ああ、まったくかわいそうなやつだ。料理しかとりえがないなんて。

ご主人さまがにやりと笑う。ミントティーをすすりながら、椅子の背にもたれかかった。

――私に仕えていれば、いずれ人並みの作法は身につけられよう。

――それって……!

――館に置いてやる。がっかりさせるなよ。

――はい、きっとお役に立ってみせます!

私は胸がおどるような思いだった。

家に帰ることはすっかり忘れてしまっていた。

この館では学校よりも、色々なことを学べそうな気がする。

そういえば、私の代わりに来るはずだった女の子はどうしているだろう?

それはまた別のお話だ。