【BL】一分半の恋

小田:
サラリーマンの男性

高橋君:
コンビニでバイトしている男子高生


社会人1年生のサラリーマンである小田には想い人がいた。
それはコンビニで働いている男子高生・高橋君である。
小田にとっての唯一の楽しみは、会社帰りにコンビニへと寄り、弁当を温めてもらう僅かな時間を高橋君と過ごすことだった。

小田「すみません、これお願いします」

高橋「はい。弁当温めますか?」

小田「お願いします」

高橋「かしこまりました」

小田(ああ、本当はもっと話したいのにな。話すことが無い…)

いつもここで会話が途切れてしまう。店員と客なのだから当然である。
しかしこの日、小田はついに勇気を出して一歩を踏み出した。

小田「…あの! ヨーグルト好きですか?」

高橋「…はい?」

小田「ヨーグルトって健康に良いっていうじゃないですか。だから食べた方が良いっていうか…」

高橋「……」

小田「あ…。すみません、なんかいきなり話しかけちゃって…」

高橋「いえ、別に。そういえばお客さん、ほぼ毎日うちでヨーグルト買ってますよね」

小田「えっ、知ってたんですか!?」

高橋「俺、週6でここのバイト入ってるんで。毎日レジやってるから」

小田「あ…、そ、そうですよね…」

高橋「ヨーグルトが健康に良いってのは分かるんですけど、お客さんを見てると健康そうに見えないんですよね。だから正直、信憑性に欠けると思います」

小田「え、まさかの論破…?」

高橋「あ。弁当温め終わりました。じゃあ、ありがとうございました」

小田「あ…ど、どうも」

まさか大好物のヨーグルトを否定されるとは。
軽い眩暈を覚えながら自宅に帰った小田は、まだ温かい弁当を口に放り込み、締めのヨーグルトを味わいながら高橋君との会話を反芻した。

小田(上手く会話できなかったけど…でもいつもよりは話せたよな)

小田(明日はもっとうまく話せると良いな)

そして翌日、小田はいつも通り会社帰りにコンビニに寄ると、弁当とヨーグルトを手にしてレジへと向かった。
レジで待ち構えているのは勿論、高橋君である。

高橋「いらっしゃいませ、お預かりします。弁当温めますか?」

小田「あ、はい。お願いします」

高橋「前から思ってたんですけど、いつもコンビニ弁当ってヤバくないですか?」

小田「え?」

高橋「健康に悪いじゃないですか。それなのに健康にいいからってヨーグルト食べて相殺するのって、何か本末転倒な気がするんですけど」

小田「そ、そうですよね。すみません…」

高橋「別にどうでも良いんですけど、ちょっと気になったんで」

小田「はは…自炊できないもんでつい買っちゃうんですよね」

高橋「料理できないんですか、社会人なのに。俺、学生だけどできますよ」

小田「え、そうなの?」

高橋「あ。弁当温め終わりました。じゃあ、ありがとうございました」

小田「あ…ど、どうも」

まさか自炊できない社会人というダメ出しをされるとは。
昨日以上の眩暈を覚えながら自宅に帰った小田は、やはり高橋君との会話を反芻しながらコンビニ弁当を頬張った。

小田「高橋君は学生だけど料理できるのか…すごいな、男子高生なのに」

小田「もっと話したかったな…」

その翌日、小田はやはりいつも通り会社帰りにコンビニに寄り、高橋君のいるレジへと向かった。
昨日高橋君から健康に悪いと言われたばかりなので、ちょっと気を使ってヘルシーな弁当をチョイスしたことは言うまでもない。

高橋「いらっしゃいませ、お預かりします。弁当温め……あれ?」

小田「昨日健康に悪いって言われたんで、今日はヘルシー弁当にしてみました」

高橋「ああ…これなら温め必要ないですね。じゃあお会計で――」

小田「あの、昨日料理できるって言ってましたよね? すごいですね、学生なのに」

高橋「俺、調理師になる予定なんです」

小田「調理師? じゃあ飲食店で働いた方がいいんじゃ…」

高橋「働いてますよ、午前中。ここのコンビニは掛け持ちなんです」

小田「午前中に働いてる? 君、学生なんじゃ…」

高橋「定時制高校なんです。だからほとんど働いてるっていうか」

小田「そうなんだ。何だかすごいね、社会人の俺よりしっかりしてる気がする」

高橋「大したことないですよ。それにもうそろそろこの生活やめるし」

小田「え?」

高橋「あ。お会計終わりました。じゃあ、ありがとうございました」

小田「あ…ど、どうも」

――なんださっきの言葉は? この生活やめるってどういう意味だ?
それが気になって仕方が無かった小田は、弁当を食べながら悶々とした。

小田(あんまりプライベートなことを聞くのも悪いけど…)

小田(いや、やっぱり気になる。明日聞いてみよう)

翌日、小田はやはりいつも通り会社帰りにコンビニに寄り、レジへと向かった。
がしかし、その日レジの中に高橋君の姿は無かった。
その代わりレジの中にはくたびれた中年男性がぽつんと一人立っている。

小田「すみません、いつもレジをやってる男子高生は?」

店員「高橋君ですか? 彼なら昨日がラストだったんですよ」

小田「ラストって…辞めたって事ですか?」

店員「そうですが、それが何か?」

小田「いや…別に」

小田(もうすぐこの生活も終わるってそういう意味だったのか…せっかくあんなふうに会話できるようになったのに)

小田(もう彼には会えないのか…)

帰宅した小田は落ち込みながら弁当を食べた。
ヘルシー弁当なのにちっとも美味くない。

小田「食事が健康的でもこんなに落ち込んでちゃ不健康そのものだよな…」

小田「もうコンビニに行く楽しみもないし…明日からどうしよう…」

こうして小田は、やがてコンビニにも行かなくなった。
そして1~2年ほど過ごす内、小田は高橋君の言葉を思い出して自炊に挑戦してみることにした。
にわか弁当男子になると会社の女子にも好評となり、最後には女性社員に勧められるがままに料理教室にも通うことにした。

小田(まさかコンビニ弁当人間が料理教室に通うまでになるとはなぁ)

小田(これも高橋君に失恋した影響だな)

仕事帰りに大人が通えるカジュアル料理教室は、何人かいる先生が生徒一人につき約二分ほど教えてローテーションしていくシステムである。
つまり二分間しか詳しく喋れない。
その間にスキルを取得するのはなかなか至難の業である。

先生「では今日は、ヘルシーなお弁当を勉強しましょう。小田さんは既にお弁当を作っているんでしたね?」

小田「はい。でも忙しい日は冷凍食品の場合もおおくて」

先生「そうですね。では朝に手軽に作れるお弁当術をお教えしますね」

小田「お願いします」

先生「今日はちょうど新しい先生が来たので、その先生に教えてもらいましょうか」

小田「あ、はい」

先生「それでは高橋先生、よろしくお願いします」

そう呼ばれて教室に入ってきたのは、いつだったか毎日レジで見ていた高橋君だった。
その姿を見た瞬間、小田の心臓がドキッと鳴る。
まさかこんなところで再会することになろうとは…その嬉しい偶然に小田の緊張は止まらなくなる。

高橋「よろしくお願いします」

小田「あ…どうも、よろしくお願いします」

高橋「俺の持ち時間は、一人の生徒さんにつき一分半です。なので大切なことだけ教えますね」

小田「お、お願いします」

高橋「もうコンビニ行ってないんですか?」

小田「え?」

高橋「あれだけ毎日コンビニ弁当食ってたのに今は自炊してんでしょ? しかも弁当まで作ってるとか…俺の影響だったりして」

小田「えっ…」

高橋「あのコンビニ弁当の温め時間ってだいたい一分半なんですよ。だから小田サンと話してたのも一分半。この料理教室での時間も偶然一分半。短いですよね」

小田「そ、そうだね…もっと長ければちゃんと教えてもらえるのに…」

高橋「そういえばコンビニのヘルシー弁当ってさ、おいしかった?」

小田「ああ…最後の日だけはなんだか不味かったかな。いつも高橋君にレジやってもらってたのに別の人だったし」

高橋「あ。一分半経った」

小田「え、もう!? まだ何も教えてもらってないのに!」

高橋「教えたじゃん。今のが美味しい弁当作るコツだよ」

小田「は!?」

高橋「俺との一分半があれば小田さんの弁当はいつも美味しいんでしょ? だったらそれが一番いいんじゃないのってこと」

小田「は…。いや…あの…やっぱり一分半じゃ足りないよ…」

高橋「そう思うんだったら小田さんも一分半の間に俺に大切なことを教えてよ」

小田「そ、それはつまり…?」

高橋「それじゃ今日はありがとうございました」

小田「あ、ちょっと!」

小田(今のはどういう意味なんだ?)

小田(でも何だか…すごく幸せだった気がする…!)

翌日、小田の作った弁当はとてつもなくヘルシーだった。
高橋君との一分半が詰まった弁当には、他の弁当にはない幸せな健康が詰まっているのだ。
こうして小田の大切な一分半は続いていく。
いつか一分半という枠を越えられますようにと夢見ながら――。

END