初デート

結衣:
明人の彼女。

明人:
結衣の彼氏。


私は明人とのデートを楽しみにしていた。しかし、明人は楽しそうに見えなかった。

映画を観ている時も、アパレルショップで買い物をしている時も明人は楽しそうではなかった。

結衣「『私はカミに見放された』は期待を大きく下回ったね。タイトルからしてシリアスな内容かと思ったけど、終始ふざけてたよね。カミがまさかペーパーのことだとはね。紙がなくて大騒ぎするだけの話だとは思わなかった」

明人「うん、そうだね」

結衣「PVもシリアスな感じだったのにさ。完全にPV詐欺だよ。あれじゃ、コメディってことわからないよね」

明人「うん、そうだね」

明人はさっきと同じことを言った。私の話をちゃんと聞いているのだろうか? 明人は適当に相槌を打つだけでそれ以上会話をしようとはしない。これではまったく話が盛り上がらない。

結衣「それに登場人物が美男美女ってのがね。内容じゃなく、キャストで客を来させようとしている感じしかしないよね」

私はめげずに明人に話しかける。じっと明人の目を見つめて返事を待った。

明人「うん、そうだね」

明人はまた同じことを言った。『うん、そうだね』以外にボキャブラリーはないのだろうか? 相づちを打つにしても、いろんなバリエーションで言ってもらいたい。その方がまだ盛り上がる。しかし、同じ言葉ではどうせ次も同じことを言うんでしょ? という思いがあるから、盛り上がりようがない。

私はもう話しかけるのをやめた。話しかけたって『うん、そうだね』以外言わないし、私もリアクションに困る。

初めてのデートなのに、最悪の気分だ。私は一生懸命盛り上げようとしているのに、明人にその気がないから、会話のキャッチボールは続かなかった。

これでは食事もまったく美味しくない。明人はバクバクと食べ進めているが、私の手は止まったままだ。

私は心の中でため息をつきながら、片手でオムライスを食べた。もう片方の手はテーブルの下に置いている。こっちの手はテーブルの上に上げるわけにはいかない。もし、上げてしまえば、周りがざわつく可能性がある。

突然、カチャッと音がした。どうやら明人がスプーンを落としてしまったらしい。

明人は体を前に屈め、スプーンを拾った。

結衣「うっ」

私は手首に痛みを感じて思わず声を上げてしまった。明人はちらりと私を見たが、何も言わなかった。心配もしてくれないのだろうか? 私は彼女なのに、『大丈夫?』の一言もないなんて寂しすぎる。少しは心配してほしいものだ。

もう一度話しかけてみるか。せっかくのデートなのに、会話がないというのは悲しい。お喋りが好きな私にとってこの沈黙は耐えられそうにもない。

結衣「……ねえ、私とのデートは楽しくない?」

私は意を決して沈黙を破り、明人に問いかけた。

楽しくないなら、それでも構わない。私との相性は悪かったということだ。できれば明人とは仲良くしたいと思っているが、このムードでは無理かもしれない。明人が会話さえしてくれれば仲良くできるのだけど。

明人「どうしてそんなことを聞くんだい?」

明人は不思議そうな表情で私のことを見てきた。なぜ不思議そうな顔をしているんだろうか? ずっと沈黙が続いていたんだから、そう感じるのは当然だと思う。むしろそう感じない方がおかしい。誰が見たって明人は楽しそうではない。つまらなそうにしか見えないのだ。

結衣「明人が楽しそうじゃないからだよ。私がいくら話しかけたって『うん、そうだね』以外の相づちを言ってくれないし……私じゃ明人を楽しませられないのかな? 心を満たせないのかな?」

明人「……楽しくないわけじゃないよ。楽しいとは思ってる。ただ感情を表に出すのが苦手でね。子供の頃から『君は全然楽しそうじゃない』と言われ続けてきたんだ」

私はなんて愚かなのだろう。そんなことも知らずにあんなことを言うなんて私はバカだ。

明人はそう言われるたびに、どんな思いをしていたのだろうか? 楽しんでいることをわかってもらえずに、苦しんだかもしれない。

明人「それにデートではありえないことをしているからね。そちらに意識が行ってしまって、相づちが適当になってしまった。これさえしていなければ、ちゃんと会話もできたはずなんだけどね」

明人は手首に目を向けた。私もつられて、自分の手首を見る。確かにこれは普通ではないかもしれない。けれど、人通りの多いところに行けばはぐれてしまう可能性もある。これをしていればはぐれることはない。だから私は明人にこれでデートをしようと提案した。明人は最初は嫌がっていたが、渋々私の提案を受け入れてくた。

明人があまり楽しめていなかったのは私のせいだったんだ。

結衣「……ごめんなさい」

明人「いや、僕の方こそ、ごめん。悩ませたみたいで本当に申し訳ない。改めてデートを楽しもうじゃないか」

明人は微笑んだ。どことなくぎこちなかったが、私は嬉しかった。明人が楽しんでくれていることがわかったから。

結衣「うん!」

私も微笑みを返し、明人の手を取って立ち上がった。明人の手をギュッと握りしめ、デートを再開した。

――互いの手首にはめている手錠を袖で隠して。