僕の誇りはお父さんの目でいられたこと

ドク:
年取った盲導犬(雄)

ベビー:
ドクと同じ家に住む猫(雌)

お父さん:
目の不自由なドクのパートナー

お母さん:
お父さんの連れ合い


ドク「近頃疲れが取れなくなった、僕ももう年なんだろうか」

ベビー「毎日頑張ってお仕事してるんだから、疲れて当たり前でしょ」

ドク「でも前は・・・・もっと仕事の後でも元気だったのになあ」

ベビー「前は知らないけど、あんたは私の知ってる中では一番いい人(犬)だってのは、変わらないわ」

ドク「君だって、僕が知ってる中で一番かわいい人(猫)だよ」

ベビー「私あんたに育てられたようなもんだしね」

ドク「ああ、その君がもう綺麗な若い女の子(猫)になってるんだから、僕が年取って当たり前だったことさ」

ベビー「何かそんなこと言うの、ドクらしくない」

ドク「僕が心配なのは、一体いつまできちんと仕事が出来るかってことなんだ」

ベビー「そ、か」

ドク「僕がしっかりリードしなかったら、パパさんが危険なんだし」

ベビー「そだね」

ドク「僕はパパさんの目なんだし」

ベビー「うん」

ドク「ただ・・・それももう、長くないって実はしばらく前から思ってたんだ」

お母さん(あの子たち本当に仲がいいから見ていてもほっこりできるわ)

お父さん(俺は見えないけどでも、空気が和むのは解るなあ)

お母さん(ベビーを貰ってきて良かったと思うわ、あの時貰って正解だったわ)

お父さん(ドクが家でもリラックスできるようになった感じだったなあ、あの時から)

お母さん(ねえお父さん、本当にドクはもう・・・?)

お父さん(考えてみるともう彼も10歳超えたしな、人間で言うとリタイアの年なのは事実だよ)

お母さん(でもこの先あの子はどうなるの?)

お父さん(大丈夫、引退した盲導犬を引き取って面倒見てくれるボランティアがちゃんといるんだ)

お母さん(でもなんかね・・・可哀想でね、一生を私たちのために働いてくれて、働けなくなったら追い出すみたいで)

お父さん(俺だって・・・そう思ったから協会の人にも相談したんだ、でもやはり新しい子と一緒に暮らすのはお互いに良くないそうだ)

お母さん(そうね、仕事バリバリできる若い子と一緒に暮らすっていうのは、辛いかもね)

お父さん(そうでも思わなかったら・・・・やっていかれないだろう)

お母さん(何時から訓練に入るの?)

お父さん(出来るだけ早い方がいいと言っていたから、明後日から行くことにするよ。これ以上ドクを見ていたら・・・)

お母さん(そう・・・ね)

お父さん(君には悲しい思いをさせるな、一人にしてすまん)

お母さん’大丈夫よ、ドクを独り占めして猫かわいがりするわ。これまで出来なかったこと、一杯するわ。あの子の好きな食べ物、たくさん食べさせてあげる)

お父さん(すまん・・・・)

お母さん(・・・うん)

ベビー「お父さんもお母さんも、何だか悲しそう」

ドク「うん、多分僕の事だ」

ベビー「どういう事?」

ドク「さっき言ったことだよ、僕が年を取り過ぎてるってこと」

ベビー「だって」

ドク「僕はさ、お父さんの目なんだ。その僕がきちんとリードできなかったら、お父さんが危険なんだよ」

ベビー「だからもうドクはいらないってことなの?」

ドク「怒らないでベビー、こういう時が来るって僕には解ってたんだ。先輩の人(犬)たちから話も聞いてた。お父さんの目になれなくなったら、それは僕らの仕事の終わる時なんだ」

ベビー「でもそれって、ひどくない? だってあんたはずっとずっと長い間、お父さんのために働いたんじゃない。なのにそのあんたをお払い箱にする気なの?」

ドク「お払い箱じゃないよ、疲れた僕のために新しい家を用意してくれるんだよ」

ベビー「でもさあ」

ドク「大丈夫、僕はこれまで一生懸命働いてきたし、お父さんの目になれたことが凄く誇らしいし嬉しいんだ。お別れしてもきっと、お父さんやお母さん、それに君の事を思い出せば寂しくないさ」

ベビー「いつまで・・・・いつまでいられるのかなあ、ここに」

ドク「多分・・・・」

お母さん(お帰りなさい、どうだった?)

お父さん(ただいま、この子が新しい俺のパートナーだよ。名前はシン)

シン「お母さん、よろしく」

お母さん(まあこの子もなつっこいのね、ドクもそうだったけど)

お父さん(こういう仕事するんだから、出来るだけ人間が好きなことも条件に入るんだよ)

ベビー「あんたが新しいお父さんの目?」

シン「あ、こんにちは猫さん」

ベビー「私はベビーよ、あんたは?」

シン「僕はシン、よろしく」

ベビー「ドク、新人が来たわよ」

ドク「ああ、こんにちは」

シン「こんにちは」

ドク「本当なら君が来る前に僕はいなくなってるはずだったんだけど、ちょっと出るのが遅れてね。すまんね」

シン「いや、すまんなんてことは」

ドク「でもおかげで君に会えて僕はラッキーだったなあ」

シン「はい?」

ドク「僕が言う事じゃないし、余計なお世話かもしれないけど」

シン「何でしょう?」

ドク「お父さんの事、よろしくお願いします。とってもいい人だし、いいパートナーで信用できる人(人間)だから」

シン「はい」

ドク「僕は本当に、お父さんのパートナーだったことが嬉しいし、何時もまでも忘れないけど」

シン「はい」

ドク「でも今日から君がお父さんのパートナーだから、僕のよろしくを受け取ってください」

シン「はい、僕が受け取ります」

ベビー「ああ、お人よしの犬ッころたち。仕事仕事で一生終わっても文句ひとつ言わないで、それを誇りにするんだから。何てお人好しな!」

ドク「ベビー、それが僕たちの喜びなんだよ。シンと仲良く、お父さんやお母さんと仲良く暮らして、これから先も」

ベビー「ねえドク、いつかまた会えるわよね。何時かまた・・・」

ドク「うん、きっと・・・・・・。あ、僕の迎えが来たみたいだ」

お母さん(まあわざわざ迎えに来ていただきまして)

お父さん(ありがとうございます)

見知らぬ人(遅れてしまって申し訳ありません、早速ですがワンチャンに会わせてもらっていいでしょうか?)

お父さん(はい、こちらです)

ドク「じゃあね、僕は行かなくちゃ」

ベビー「元気でね」

シン「また会いましょう」

見知らぬ人(あなたがドクですね、仲良くしてもらえるかな?)

ドク「勿論、こちらこそよろしくお願いします」

見知らぬ人(これからはゆっくり暮らしてくださいね、同じような引退した盲導犬が2頭いますから寂しくないと思いますよ。楽しく暮らしましょうね)

ドク「さよならお父さんお母さん、ベビー。仕事出来なくなったのは悲しいけれど、でも充分に僕はこれまで頑張ったし、お父さんの目でいられた。本当に誇らしいんです。だから、お父さんもお母さんもベビーも、僕がいなくても楽しく暮らしてください」