めをとじて! こんちゅう!

笹林(ささばやし):
男性。17歳の高校2年生。
声が物凄く小さい。隣の席の川嶺が不思議で仕方ない。苦手科目は世界史。

川嶺(かわみね):
女性。17歳の高校2年生。趣味は昆虫採集。
いつも目を閉じているが、それは昆虫を捕まえるために五感を研ぎ澄ましているからである。

諸星先生(もろほしせんせい):
男性。40歳の先生。担当教科は国語。笹林と川嶺の担任。


諸星「じゃあここで国語の授業は終了。ああそれとなみんな、次の時間の世界史だけど、先生が風邪でお休みだから自習だそうだ。静かにな」

笹林「やった! 次の世界史の時間、自習だ!」

川嶺「笹林くん、すごく嬉しそうね」

笹林「俺世界史苦手なんだよ。なんでこの世界に生まれてきたんだろうってくらい苦手でさ」

川嶺「そういう考え方である以上、多分だけどね、笹林くんはどこの世界に生まれても同じこと言うと思うよ。どの世界に生まれても世界史ができない人になると思う」

笹林「川嶺さんて結構辛辣だよね」

川嶺「そう?」

笹林「あと前々から思ってたけど、よく俺の声が聞こえるよね。俺の声って小さすぎて、友達からもよく聞き返されるレベルなんだけど」

川嶺「普段から目を閉じてくるからよ。普段から目を閉じてると、聴覚とか触覚とかとにかく五感が研ぎ澄まされてくるの」

笹林「ああだから俺の声が聞こえるんだ。とんでもない聴力だよね」

川嶺「そうね。半径50mくらいなら多分聞こえると思う」

笹林「普通に生きててうるさくない?」

川嶺「めちゃめちゃうるさいけど私には必要な能力なの」

笹林「目を閉じて五感を研ぎ澄まさなきゃいけないとはどういうことなのか。50文字程度で説明せよって言いたいわ」

川嶺「何で50文字なの?」

笹林「今そこ重要だったかな?」

川嶺「とにかく私には必要な能力なの。そこは理解してほしい」

笹林「何で必要なの?」

川嶺「私は昆虫採集が好きなの」

笹林「それと関係あるの? 目を閉じて五感を研ぎ澄ませることが?」

川嶺「関係大有りよ」

笹林「ごめん俺には理解できない」

川嶺「五感を研ぎ澄ませないと、どこに昆虫がいるか分からないの。視覚だけに頼ってても昆虫が見つからないと気付いた14歳の私は、その日から目を閉じて生活するようにしたの」

笹林「思ってたより最近の話でちょっと驚いたわ。小学校に入る前からとかの話だと思ってた」

川嶺「最初は苦難の連続だったわ。廊下も真っ直ぐ歩けないし、文字もうまく書けないし、家族や友達からは笑い者にされるし」

笹林「そりゃ笑うわ」

川嶺「だけど1年くらい経った私は、聴力や触覚やらとにかく五感が異常に発達して昆虫の足音が聞こえるようになった」

笹林「よくそんな生活を1年も続けられたね」

川嶺「私はね、昆虫のためなら何でもするわよ」

笹林「真面目に返事されてもなんか怖い」

川嶺「まあ話を元に戻すわよ。こうして五感が発達した私にとって、昆虫を見つけるのはもうそんなに苦じゃなくなった。とても嬉しかった。受験勉強は大変だったけどね」

笹林「もしかして目を閉じながら入試を受けたの?」

川嶺「さすがに目は開けた。久しぶりに目を開けたから物凄く眩しかった。視力は以前と変わってなくてまあ安心したわ。でも入試が終わったらまたすぐに目を閉じる生活を再開した」

笹林「川嶺さんてやばい人だね」

川嶺「自分の人生くらい好きに生きたいだけよ。人に迷惑をかけてるわけでもないし、何が悪いの?」

笹林「だから急に真面目な返事するのやめて怖い」

川嶺「まあなんやかんやでさ、昆虫のためなら私は何でもできるってだけの女なのよ」

笹林「まとめが雑」

川嶺「ちなみに今この教室にはね、昆虫はいないけどムカデはいるわよ」

笹林「うわマジかよ。てかムカデには興味ないの?」

川嶺「ムカデは昆虫じゃないから興味ない。ムカデとかクモは昆虫じゃないのよ。これは理科のテストとかにも出る」

笹林「ああ確かに出てたわ。小学生のときの理科のテストに」

川嶺「ちなみにムカデがいるのは笹林くんが座ってる椅子の脚ね」

笹林「マジかよやだ」

川嶺「虫に触れないの?」

笹林「ムカデに触るのってハードル高くない?」

川嶺「私だってさすがに素手じゃ触らないわよ。ティッシュを何枚も重ねて触るわ」

笹林「そこらへんの感性は俺と同じなんだね、なんか安心した」

川嶺「昆虫は素手で触るけどね。夏は最高、カブトムシに会える」

笹林「もしかして今もカブトムシを採りに行ったりしてるの?」

川嶺「ええそうよ。そこらへんの小学生からは『カブト姉ちゃん』て呼ばれてる」

笹林「なんか強そうなあだ名だね」

川嶺「だよね」

笹林「自分でもそう思うんかい」

川嶺「カブトムシ以外にもクワガタなんかも捕まえてるんだけど、小学生に人気なのはやっぱりカブトムシよね」

笹林「まあフォルムが格好いいしね」

川嶺「カブトムシのあの一本の角ね、格好いいわよね。なんだか笹林くんとは気が合いそうだわ」

笹林「ごめん俺は川嶺さんと気が合うとは思えない」

川嶺「なんでよカブトムシ格好いいって同意見が出たじゃない」

笹林「いや俺に限らずね、男はみんなカブトムシが格好いいと思ってるから」

川嶺「小学生みたいなこと言うのね」

笹林「それ川嶺さんが言う?」

川嶺「あ、私ちょっと廊下に出ていくわ」

笹林「どうしたの?」

川嶺「廊下にアゲハチョウがいる」

笹林「どうして分かるの?」

川嶺「アゲハチョウが羽ばたく音がする」

笹林「どんだけ聴力良いの?」

川嶺「んじゃ、ちょっと教室出てきます」

笹林「おう、行ってらっしゃい」

川嶺「あ」

笹林「今度はどうしたんだよ」

川嶺「さっき教室を出たはずの諸星先生の足音が聞こえる」

笹林「人の足音まで分かるとかもう忍者じゃん。川嶺さん忍者だよ」

諸星「みんなー、さっき次の時間の世界史は自習って言ったけど、担当の先生が来れたらしいから、普通に授業するってよー」

笹林「マジかよ!」

川嶺「笹林くん」

笹林「何?」

川嶺「笹林くんのその悲しみもね、世界の歴史の1つとして成り立っていくのよ」

笹林「慰めありがとう」