ローション部

健:
新入部員でローマー。

夏花:
ローション部の部長。


健「……あと一週間か」

俺は入部届の用紙を眺めながら、ため息をついた。一週間以内に入部する部活を決めて提出しなければならない。あまり体を動かしたくないから、運動系よりは文化系の部活の方がいい。

辺りを見渡すと、勧誘に奔走する生徒の姿がちらほらと見受けられた。野球部やサッカー部といった運動系には多くの生徒が集まっていたが、茶道部や華道部といった文化系にはあまり生徒が集まっていなかった。

そんな光景を一瞥しつつ、俺は面白そうな文化系の部活を探そうと足を一歩踏み出した。

夏花「そこの君! 悩んでるなら、うちの部活を見学してみない?」

突然、肩を掴まれた。驚いて振り返ると女子生徒が立っていた。星形のヘアピンで髪をくくってポニーテイルにしていた。スッと通った鼻筋であり、容姿端麗という言葉が似合う女子生徒だった。

健「……何の部活ですか?」

夏花「もちろん、ローション部よ!」

健「……ははっ、耳が遠くなったかな。よく聞こえなかったので、もう一度言ってもらえますか?」

夏花「仕方ないわね。コホン……ローション部よ!」

女子生徒は自信満々に告げた。何故自信満々なのかさっぱり分からないし、具体的に何をする部活なのか見当もつかない。運動系か文化系かも判断できない。ただローション部というくらいだし、ローションを使用することは間違いないだろう。

健「……ローション部ですか。まあ、頑張って勧誘してください。俺は良さげな部活を探すのに忙しいので、ここらで失礼します」

俺はその場から立ち去ろうとしたが、ダメだった。女子生徒は俺の肩を強く握りしめていた。女子とは思えないほどの力強さだった。何割かは男が混じっているんじゃなかろうか。

夏花「本当に忙しいの? 突っ立っているようにしか見えなかったけど?」

健「……すみません、嘘をつきました。本当は忙しくないです」

夏花「ふふ、素直な子は嫌いじゃないわ。良かったらうちの部活を見学しない? 悪いようにはしないから」

健「はぁ、分かりました」

夏花「それじゃ、行きましょう」

女子生徒は俺の手を強く引っ張って駆けだした。

夏花「まずは自己紹介から始めましょうか。私は夏花よ。よろしくね」

健「俺は健です。よろしくお願いします」

夏花「ローション部について説明するわね。ローションを使って様々な競技を行う部活よ。といってもまだ一種目しかないんだけどね」

健「夏花さん以外に部員はいないんですか?」

夏花「ええ、私以外は幽霊部員よ。見ての通り私は美人だから、頼めば幽霊部員になってくれる人は多くいるのよ。ただ部活に真剣に取り組んでくれる人はいないけどね。ぬるぬるするのがイヤらしいけど、健くんは真剣にやってくれるわよね?」

健「え? 俺はあくまで見学しに来ただけで入部するとは言ってな――」

夏花「やってくれるわよね?」

健「……はい」

笑顔で言ってくるのが余計に怖い。というか自分で美人と言うのはどうかと思う。確かに美人だとは思うけれど、自分で言うことじゃない。

夏花「早速だけど、練習してみましょうか? 種目はローション縄跳びよ。マットの上で跳んでもらう。ただし、マットと縄跳びにはローションを塗ってあるわ。私が手本を見せるから、その後にやってね」

夏花さんはマットの上に移動し、縄跳びをし始めた。しかし、すぐに転んでしまった。夏花さんは立ち上がろうとしたが、ローションで滑ってなかなか立ち上がれなかった。じたばたしている内に縄跳びが体に絡んでしまい、身動きを取れなくなっていた。まったくお手本になっていなかった。

夏花「……こんな感じでやってくれればいいわ」

夏花さんは顔を赤くしながらも、俺に縄跳びを渡してきた。

俺はマットの上に移動し、縄跳びを回した。とりあえず二重跳びに挑戦してみた。一回、二回……五回、六回と順調に跳んでいく。

夏花「……健くんってローマーだったのね」

ローマーって何だ? 聞いたこともない言葉だ。ゲーマーから取ったっぽい名称だけど、専門用語か何かだろうか?

夏花「ローマー……それはローションを自在に操る達人のこと。その領域に達したものは長い歴史の中でも一人しかいなかった。そうローション縄跳びを考案した前部長だけだった」

思いのほか歴史が短いな。前部長はできていたわけか。まあ、考案者だから出来て当然だけど。ローマーについて説明してくれたことは感謝する。

夏花「健くんが史上二人目のローマー。我が部活はこれで安泰だわ。もう廃部させるなんて言わせないんだから」

夏花さんは大粒の涙を流して喜んでいた。喜んでいるところ申し訳ないけど、廃部させると言われて当然な部活だと思う。ローション部という名前からして何の部活か判断できないし、教師陣は困り果てていることだろう。

夏花「健くん、入部してくれるわよね?」

健「はい、入部します」

あんな喜びに満ちた表情を見てしまったら、入部せざるを得ない。あまり体を動かしたくはなかったが、こればかりは仕方ない。

健「夏花さんが跳べるようになるまでビシバシと鍛えていきますので覚悟してくださいね」

夏花「え? 部長は私なんだけど」

健「覚悟してくださいね?」

夏花「……はい」

健「夏花さん、これからよろしくお願いしますね」

夏花「うん、こちらこそよろしくね、健くん」

俺は夏花さんと握手を交わした。