俺と同居人の特別でない日々

御堂 啓太:
大学進学に合わせて家を出てアパートで一人暮らしを始めた大学一年生。コンビニでバイトをしている。
昔から『見える』体質ではあったが、幽霊がくっきりはっきり見えたのは葵が初めて。

小日向 葵:
啓太が入居したアパートの部屋に縛られている地縛霊。
啓太と波長があったのか、啓太だけは葵をはっきり認識できるし、声も聞ける。
死後誰にも認識されずにいた反動もあって唯一自分と話せる啓太にべったり。


葵「美味しいものが食べたいわ」

バイトが終わり疲れた体を引きずって家に帰るやいなや、我が家の奇妙な同居人は仁王立ちでそんなことをのたまった。

啓太「知らん。俺は疲れているのだ」

とだけ返し、疲れた体をベッドへと投げ出す。

今日は客にクレーマーがいたせいで精神的にいつもより疲れた。シャワーくらいは浴びなければとも思うが、それ以上に面倒くささが先だった。

葵「食べたいのよー! もう啓太が食べてるのを見てるだけなんてやだ、あたしも食事したい!」

それを聞き、同情心が多少なりとも湧いてきたのでしぶしぶだが体を上げる。とはいえ、

啓太「気持ちは分からんでもないが、幽霊のお前がどうやって食べるんだよ」

そう、この同居人(仮)はれっきとした幽霊なのだ。なんでも大学の入学式当日に事故で他界したらしく、輝かしい大学生活への未練から当時住み始めたばかりのこの部屋に気づけば地縛霊となっていたらしい。事故物件とかどおりで家賃が安かったわけである。

幽霊歴はおよそ5年だが、今まで自分を認識できる人はいなかったらしく、初めて自分と話せる俺に何かにつけては絡んでくる困った奴である。

葵「ふっふっふ、あたしにいい考えがあるわ!」

ふよふよと宙に浮きながら、幽霊になった時に真っ白になった長い髪をなびかせて葵は自慢げに胸を張った。

俺は溜息を付きながらのっそりと立ち上がった。出会ってからこっち、この同居人に振り回されるのも慣れたものである。

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実験その1 お供えをしてみよう

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葵「幽霊に食べ物を与えるといえばお供え! お供えすればあたしが食べれるようになるかもしれないわ!」

啓太「お供えしようにもこの部屋に神棚とかないんだが」

葵「……大切なのは気持ちよ! 啓太が気持ちを込めてお供えすればいけるかも!」

啓太「割と無茶難題言ってるからなお前」

食べれませんでした。

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実験その2 食べ物にお箸を突き立ててみよう

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葵「ご飯にお箸を突き立てるのって悪いマナーの定番だけど、あれって元々は死者にあげるための作法よね?」

啓太「確かそんな話だった気がするな」

葵「ご飯以外にも箸を突き立てたらどうなるのかしらね」

啓太「どうなんだろうな?」

ご飯だけは食べれました。

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実験その3 とり憑いてみよう

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葵「最後の手段よ」

啓太「早いよ。手段尽きるの早いよ」

葵「最後の手段よ!」

啓太「お、おう」

葵「幽霊ものでたまに見るじゃない、とりついた相手の五感を共有するってやつ」

啓太「幽霊が幽霊ものを語るってのもすごい話だな。っておい、まさか」

葵「あたしが啓太にとりついて、啓太が食事をすれば間接的に食べられるかも!」

啓太「それは果たして俺に問題はないのだろうか」

葵「さあ? ポルターガイスト現象くらいはできるけど人にとりついたことないし」

啓太「あれ、慣れるまですげえ怖かったんだからな」

葵「なによ、啓太がいない間に掃除に料理や洗濯してあげてるんだからむしろ感謝しなさいよ」

啓太「うむ、マジ助かってます」

葵「分かればよろしい。とにかく多分大丈夫だからやってみるわよ」

啓太「言いだしたらきかんからな……。仕方ないちゃちゃっとやってくれ」

葵「うん、いい心構えよ! ……ところで、どうすればとりつけるのかしら」

啓太「知らんがな」

 
葵「う、うむむむむ」

空中で頭を抱えながら唸り声をあげる残念な同居人。

啓太「とりあえずとりつくというからには体に入るイメージだよな」

仕方なくそんなフォローを入れる。とりつかれる側が取り付く側にアドバイスを送るとかおかしな話だが。

葵「それよ! 早速試してみるわ」

言うなり、俺の背後に回る葵。そのまま接近してくるが、途中で止まり何故か動かない。

啓太「おーい、どうした? さっさとやってくれね?」

葵「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が終わってない!」

それはむしろ俺に必要なのではないか。

何故か上ずった声でそんなことをいうおかしな同居人である。

葵「……よっし、女は度胸。行くわ!」

そんな掛け声とともに何かが自分の内側に入ってくる感覚があった。

上手く言えないが、躍動感の中に寂しさを感じさせるそれは、俺にそれが確かに葵だと確信させるものだった。

葵『成功したみたい』

啓太「うおっ」

頭の中から響くような感触の声に思わず声を上げる。これは慣れないと違和感がひどいな。

啓太「なんともいえん違和感だな…… で、どうだ? 五感はあるか?」

葵「ばっちり! 久々に生きてるって感じがするわ!」

啓太「いや、死んでるけどな。んじゃ、メシ食べるか。何だかんだで俺も腹が減ったよ」

葵「何年ぶりかのステーキ! いやー、楽しみだわ」

いそいそと食卓に向き直り、脳内でステーキコールを続ける葵のためにまずステーキを一口。

うん美味い。相変わらず性格の割に家事万能なやつである。

葵「ああ……久しぶりのお肉とソースの味に心が満たされてくわ」

うっとりとした声に自然と俺も優しい気持ちになる。5年も味を楽しめなければそりゃ味に飢えもするだろう。

少しほっこりとしたので、今日くらいはこいつの好きにさせてやろうか。

葵「!!??」

と思いきや、いきなり体から葵が飛び出してくる。何かあったのかと思い

啓太「どうかしたか?」

と聞いてみるが

葵「いや、とりついてるとね、その啓太の気持ちがね……」

赤い顔でぶつぶつと小声でなにかをのたまってるだけである。

啓太「よくわからんが、料理はもういいのか? 今日くらいはじっくり味わって食べてやるぞ?」

葵「うぅ……啓太のバカ!ありがとう!」

啓太「けなしながら礼を言うとかめちゃくちゃだな」

その後もとりついて食べては抜け出したりと忙しのない夕食となった。

俺と同居人は特別でないこんな生活を日々を送っている。