怪しい女

私の名前は、みさき。私は、いつも怪しまれる。
生きてきてから今に至るまで、犯罪履歴など1度もなく、揉め事は大嫌い、信号は必ず青で渡る、自分で言うのも恥ずかしいが、真面目な人間だ。
だが、ビジュアルが相当怪しいようだ。

なぜなら、私は必ず出掛ける時に、帽子とマスクを着用するからだ。
いつから、そういう習慣が身についたのかは、自分でも全く記憶にないが、人の視線を浴びるとめまいがして倒れそうになる為、視線を避ける為の決死の対策として、季節に関係なく帽子とマスクを着用している。
このおかげで、以前よりもめまいをする回数が減り、外へも出歩けるようになった。
人と話すときにも、帽子があるので視線を遮り、安心して会話することができる。

ただ、1つ問題なことが残っている。それは、スーパーだ。

食料品を買う為に、ほぼ毎日といっていいほど通うスーパーは、必ず私を危険人物として扱うのだ。どうも、私は万引きする常習犯と間違われているようだ。

とても臆病な私が万引きなんてするはずないのに、どうして間違われるのか…。
思い起こせば、入店する店のほとんどが、私が万引きする品物を物色しているように見えるのか、店員さんが私の側から離れない。
私は、疑われるのが嫌なので、敢えて店員さんのいる方へ進むようにしている。
避けて人の少ない場所へ行こうとすると、尚更疑われるからだ。
違う店では、店員さんが私に大きな声を浴びせる。

店員「いらっしゃいませ。」「ありがとうございました。」

この声にビクッと驚き、体が硬直した経験もある。だから、私はスーパーへ行くのが苦手だ。

でも、生きている以上、そうは言ってられない。今日も、冷蔵庫が空っぽなので、夕食の買い出しにスーパーへ行った。もちろん、帽子とマスクを付けて…。

スーパーへ着くと、真っ先に店員さんが私の姿を見て怪しいと思ったのだろう。

店員「いらっしゃいませ。」

とボリュームのある声で呼び掛けてきた。その声にビクッとしてしまい、下を向いて店内に入ると余計怪しく見えているのかもしれない。
私は、何とか商品と床だけを見て、さっさと家に帰ってきた。

ある日の買い物は、店内に入るなり店員さんが、お腹から出ているような大きな声で「いらっしゃいませ。安いよ、安いよ。」と、声をかけてきたので、そのボリュームに驚いた私は、買い物カゴを入り口で取ることを忘れてしまい、手に商品を持ったまま買い物を続けていた。それが、余計に万引き犯と怪しまれていた。

どうしても、万引き犯として怪しまれたくなかった私は、一度、思い切って帽子とマスクを脱ぎ捨ててスーパーへ行くことにした。
だが、家から出て僅かのところで駄目だった。私には、外の光が眩しすぎた。そのまま、道に倒れ込んでしまった。

どうしよう。このままでは、私は一生万引き犯の容疑者の疑いのままだ。やってもいないことをやっているかもしれないと思われることだけは嫌だ。

そこで、2つ目の作戦を決行した。サングラスをかけてスーパーへ行った。
すると、今度は人が避けていき、別の意味で怪しいと思われている様だった。それは、それで困る。
特に、夜は日も照っていないのにサングラスをしていたら、余計に怪しいにちがいない。この作戦も、すぐに中止した。

次に、考えた作戦は、主人を連れてスーパーに行くというものだった。2人なら、さすがに万引き犯と間違われないだろう。
私には、何か絶対的に成功する自信があった。
主人と2人でスーパーへ行くと、店員さんは特に怪しむ様子もなく、普通に買い物することができた。この作戦は、大成功だと感じた。
ただ、この作戦には、主人が絶対必要不可欠で、仕事で多忙な主人がいつも一緒にスーパーに来てくれる訳ではなかった。なので、この作戦は中途半端な結果で終わった。

最後の作戦は、カバンを持たない作戦だ。商品を盗むはずもないが、カバンを持っていない人が万引きするはずもなく、絶対に疑われないだろうという確信があった。
満を持して、私は財布1つを片手に、スーパーへ挑んだ。
最初の入り口は、セーフ。いつもなら、大きな声で呼びかけられるゾーンだが、何もなくクリアした。
店内に入っても、店員さんは怪しむ様子など一切なかった。
だが、しかし最終関門のレジで、想像を越える出来事が待ち受けていた。
何と私の財布のなかに、お金が一銭も入ってなかったのだ。
そう、財布のファスナーが開いていて、いつも財布を入れて持ち歩くカバンの中に、全てのお金が落ちていたのだ。
こんなことってあるのだろうかと、自分の運のなさをつくづく恨んだ。
すでに、レジでは精算の為の作業が進行しているので、いち早くこの事実を店員さんに伝えないといけないと思い、私は勇気を振り絞って切り出した。

みさき「あの…。」

店員「はい?」

みさき「あの…、お金家に忘れてきたみたいで、これ全てキャンセルして頂いても構いませんか?」

と、小さな声で言った。すると店員さんは笑顔でこう話した。

店員「はい、かしこまりました。いつもご利用頂いているので、お取り置きもできますが、よろしいですか?」

あれ、私が来ていることを快く思ってくれているのか?そう、私が思い込み過ぎていたのだけかもしれないと、ようやくこの瞬間に気が付いた。すっかり気持ちが晴れた私は

みさき「じゃあ、取り置きで宜しくお願い致します。」

と返した。この日を境に、スーパーへ行くのが大好きになった。