【BL】本当に失ったモノ

病室で眠る男。傍らには背の高い男性がひとり立っている。

ユウスケ「……ん」

ユウスケが目を開けると、涙を浮かべた優しい瞳が視界に飛び込んできた。

ヒトシ「ユウスケ?目を覚ましたのか!良かった!……ユウスケが目を開けました。お医者さんをお願いします!」

ナースコールを使って看護師を呼ぶヒトシ。ユウスケのベッドは病院のスタッフに取り囲まれた。

すぐに検査へと回されるユウスケ。数時間後、やっと自分の身に起きたことを知る。

ヒトシ「お前、三か月も眠っていたんだよ。車に乗ってて後ろからトラックが追突!ケガは軽いんだけど、頭を強く打ったんだろうな。意識がなかなか戻らなくて……本当、心配したんだぜ」

本格的な治療を始めたユウスケだが、ケガの後遺症はなかった。ただ、自分に関する記憶がないとい点を除いては。

ヒトシ「本当に何も覚えていないのか?俺のことは?」

ユウスケが首をふると、ヒトシは少しだけ落胆したようなほっとしたような複雑な表情を見せる。

ヒトシ「まあ、そのうち思い出すだろ。俺はサイトウヒトシな。お前の親友だから、早く思い出してくれよ!」

ユウスケ(よくわからないけど、ヒトシはマメな人だな。情が深いと言うか……。親友ってそういうものなんだろうか)

一週間後、病室で話をするユウスケと看護師。

看護師「今日から足のリハビリをしましょうね。リハビリ室に移動してください」

理学療法士の指導を受けながら歩こうとするが、思うように身体を動かせずユウスケは苛立つ。

しかしその後、お見舞いにきたヒトシの呑気な声を聞くユウスケは、安らいだ表情を見せていた。

数日後、ひとり病室のベッドの上にいるユウスケ。

少しずつユウスケの記憶は戻っていく。幼い頃のこと、好きだった学校の先生、旅先の思い出。

ユウスケ(宝物をひとつずつ見つけているみたいだ)

ユウスケ「何を思い出してもヒトシがいるって、僕たちどれだけ仲がよかったんだろ」

思わず笑ったユウスケだが、まんざらでもないという顔をしている。

ユウスケ(ヒトシの声をきくと、何か楽しいことが始まるような気がする。早くヒトシが来ないかな。……ああ、僕は事故の前からヒトシのことが好きだったのかもしれないなあ)

病室でユウスケとヒトシが談笑している。

ヒトシ「退院したら寿司を食いに行こうな」

ユウスケ「(からかうような調子で)焼肉じゃなくて?」

ヒトシ「あ、そうか。俺さ~肉が嫌いなんだよね。だからいつもお祝いごとは寿司!」

にかっと笑うヒトシ。

一転、ヒトシは気まずそうに顔をうつむかせた。

ユウスケ(親友なのに、そんなことすら覚えてないなんて、悪いことしてる気がするな……)

ヒトシ「な~に変な顔してんだよ?記憶ソーシツなんだからしょうがないだろ!」

ユウスケ(ヒトシの言葉は僕の心を明るくしてくれるな……)

事故からは数週間が経過していた。ユウスケの身体は回復し、行動範囲が増える。

勝手に病院内を歩き回り、看護師に怒られることもあるユウスケ。

ユウスケ「それにしても僕にはヒトシ以外の知り合いはいないんだろうか。家族も誰もお見舞いに来ないなんて」

そんな疑問を持つこともあったが、ヒトシと話をしていると不安のすべてを忘れることができた。

ユウスケ(僕は不幸な事故に遭ってしまったのかもしれない。でも、今僕はこうして元気で、毎日様子をうかがいに来てくれる友人もいる。車はおじゃんになったかもしれないけれど、命より大切ものなんてないよね)

ヒトシ『次はどんな車に乗ってみたい?』

ユウスケの頭の中で、ヒトシの明るい声が聞こえた。

ユウスケ(そうだ、退院したら新しい車を探しに行こう。ヒトシをドライブに誘ったらきっと喜んでくれるだろう。)

数日後、病室。

お見舞いにやってきたヒトシ。

ヒトシ「どうなることかと思ったけれど、お前が元気になって本当に良かったよ」

ユウスケ「そうだね、何度も来てくれてありがとう」

ヒトシ「やけに素直だな」

ユウスケ「何しろ死にかけたからね。次はいつ死んでもいいように後悔は持たないようにしなきゃ」

ヒトシ「お前なあ」

呆れた様子のヒトシ。急に思いついたような顔でユウスケを見る。

ヒトシ「そうだ、退院したら電車に乗って海を観に行こう」

ユウスケ「電車で?」

ヒトシ「そうだよ」

ユウスケ「車でいいんじゃないの」

ヒトシ「だってお前、もう怖いだろ?車は」

ユウスケ(変だ。僕の知っているヒトシはそんなことは言わない」

ユウスケ「……ヒトシなら、次はどんな車に乗ろうかって一緒に車を探してくれるって思ってた」

募る違和感にユウスケは動揺する。

ヒトシ「そりゃケンジの言い分だなあ。アイツはお前を誘って無茶ばっかしてたから」

懐かしそうに笑うヒトシ。

ユウスケ(……ケンジ?)

ユウスケ「ねえ、ヒトシ。ケンジって誰?」

みるみるうちにヒトシの表情が曇っていく。

ヒトシ「おまえ、やっぱりケンジのことは……」

ヒトシはこれまでにユウスケが見たことのないような目をしていた。

ヒトシ「俺とケンジとお前はおさななじみだった。ずっと昔から俺たちは3人一緒にいたんだ。特にお前とケンジはまるで双子みたいに仲良しで……。おまえたちが付き合い始めたときはみんなで祝福したよ。男同士だろうとなんだろうと誰も疑問に思わなかった浮かべなかった。おまえとケンジは二人で一人のような関係だったから。それなのに、ごめん。ごめんユウスケ。俺のせいなんだ……!」

ヒトシが泣き崩れる。

ヒトシ「俺が行って来いって言ったんだ。たまには二人で車に乗って小旅行でもしてみろよって。今さら二人きりにならなくてもいいよって聞かないケンジを説得してさ……。まさかその帰りにお前らがあんなことになるなんて……!」

ユウスケはベッドの上に崩れ落ちる。

ユウスケ「ヒトシが来る度にどうしてこんなに心が躍るんだろうって思ってた。僕とヒトシはもしかして恋人同士だったんじゃないかって期待したりして。ああ、僕はバカだね。僕はもう全部なくしていたんじゃないか」

「ユウスケ」

と名前を呼んで笑う姿がユウスケの脳裏に浮かぶ。しかしその顔はヒトシのものだ。

だけど今のユウスケには分かっていた。それが本当はケンジのものなのだということを。

ユウスケ(きっと僕が人生で一番大切に思っていた人だ。でも僕はもうどこを探してもそんな彼の声も姿も思いだすことはできない)

暗闇の中に取り残されるユウスケ。

いつものようにヒトシが声をかけるが、ユウスケがそれに反応することはもうなかった。