【GL】かくて彼女は笑みを浮かべた。

るい(女) 演劇部の部長。
理穂(女) 演劇部のホープ。るいのことが好き。


電気の落とされた体育館。ドアは締め切られているせいで、空気がほこりっぽい。壇上にひかれた暗幕がゆっくりと開いていく。白いライトがそこに立つ一人の少女を照らした。

「ああ、なんということでしょう」

少女は床に崩れ、長い髪を揺らしながら外に浮かぶ月を見上げた。

「明日、新たなる太陽が昇れば我が身は贄としてあの祠に捧げられてしまう。父や母はこの街のためだと言っていた。けれど、あんなのは真っ赤な嘘だ。白羽の矢が建てられたのは領主の娘。だというのに、捧げられるは我が命。街のために命すら捧げられぬ領主のために、我が身は消耗されるのだ。ああ、なんという皮肉。嘘と欺瞞に満たされた人の世よ。……いっそ、逃げ出してしまおうか。私が捧げられても、この街には天罰が下る。どのみち同じ運命を辿るのなら、我が身可愛さに逃げてしまっても……」

かたん、と上手側から音がする。少女は身をこわばらせそちらを向いた。一人の少年が目をこすりながら歩いてくる。

「姉さん?どうしたんだい?」

「……なんでもないわ。どうしたの?こんな夜更けに」

「なんだか、眠れなくて」

「明日はめでたい日になるわ。はやくおやすみなさい」

「うん、おやすみなさい。姉さん」

少年が上手へ歩き、消えていく。

「……ああ、私はなんということを。あの幼い弟を見捨てて逃げようだなんて!そうだ、私が偽物だとしても贄であることには変わりはない。この地を守る神に捧げられる供物。あの女を恨んで何になる。例えこの身がかりそめだとしても、私のなすべきことは一つ。良き供物になろう。神さえも欺き、この地を守ってみせよう。それが今、私に許された唯一の選択」

理穂は立ち上がり、己の胸に手を当てる。しっとりと濡れたような瞳がゆっくりと閉ざされる。

そして……。

「カーット!」

るいの合図であたりがざわめき出す。舞台の最前列に置かれたパイプ椅子から立ち上がり、るいは体育館中に声を響かせた。

「よっし、お疲れ!今日の練習はここまで!明日はミーティングから始めるから皆遅れないように!それじゃ、各自片付けして解散!」

「「はい!」」

明かりが付く。ジャージ姿の部員たちが話しながら片付けを始めた。ただ一人制服を着ているるいは、脇目も振らずに壇上へと駆け上がった。

「お疲れ、理穂!すっごくよかったよ!」

「ありがと、るい。そういってもらえるとホッとするわ」

「いやぁ、適任だったわ。あんたラブストーリーとかだとどヘタなのにこういうのだとちょーはまるよねー。やっぱあれ?恋愛経験がないからかなー」

「失礼だな。恋愛経験は関係ないだろ」

「ほら、その男口調。そういうのがよくないんじゃない?」

「あんただって、そのずけずけしてうるさい口調のせいでモテないんじゃないの?」

「あたしはいいのよ!」

るいは舞台袖においていた理穂のタオルを拾い上げ、投げつけた。抱き抱えるように受け取り理穂は流れる汗を拭く。演技中は空調を止めていることもあり、役者たちは部活終了後にはいつも汗をかいている。とくに理穂は汗をかきやすい体質らしく、体育館での練習後はシャワーでも浴びてきたのだろうか。いうくらいの汗をかく。今日もTシャツが肌に吸い付いているかのようだ。るいは指先で理穂に張り付いているシャツを引っ張った。

「うひゃ!?な、なに!?」

「ん?いや、こんなに張り付いてたらブラ見えそうだから」

「だからって急に触る!?」

「いいじゃーん、女同士なんだから」

気に食わなかったらしい。理穂は両腕で体をガードしながらるいを睨みつけた。

「まーまー、ガードが固いことで」

「あんたがゆるすぎるんだ」

「そんなことないよ」

「ある!ま、いいか。帰ろう。るい」

「あー、またちゃんと汗拭かない!あんた風邪ひきやすいんだからちゃんとしなさい!」

「お節介だなぁ……」

今日の片付け担当は一年だ。二人は各々のカバンをもって体育館から出た。時刻はまだ十九時を回ったばかりだが、秋だということもありあたりはすっかり闇に飲まれている。

ジャケットを羽織った理穂が小さくくしゃみをした。

「ほらぁ、ちゃんと拭かないからだよ」

呆れながらもるいは自分のタオルで理穂の濡れた肌を拭いた。理穂の身長はるいより数センチ高い。るいを見下ろし、理穂は小さく口を開いた。

「るいは私がラブストーリー下手だって言うけど」

「うん?」

「私はこの作品を、ラブストーリーだと思って演じてるよ」

「え、嘘!?どこが?」

「クローディアは家族とか好きな人が殺されないに身を捧げて、神も街の人すらも騙すでしょう?」

「うーん、それはラブじゃなくてライクでしょ?」

「そうかな?」

「そうだよ」

すっと理穂の手がるいの頬を撫でた。

「私はあなたを愛している」

「え?」

「……クローディアの最期のセリフ」

「ああ。なんだ」

「自分は死ぬけれど、大切な人には生きていてほしい。恨まれてもいい、自分よりも相手を大切にしたい。この感情って、ライクっていうよりはラブだろう?だからラブストーリー」

「なるほどね。そういう考え方もあるわけか」

「うん。だから、共感できる」

「へ?」

「なんでもない」

理穂が歩き出す。バッグにタオルをしまいながらるいはその背中を追いかける。

「にしても、驚いた。さっきのセリフ。ドキっとしちゃったよ。あれならどんな男でもイチコロだね」

「そう。それはよかった」

理穂は振り返り、クローディアのような笑みを浮かべた。