【GL】月だけが見ている

みづき:
18歳
背が高く勉強好きで真面目。同級生の香奈に恋をしているが、その気持ちは秘密にしている。

香奈:
18歳
みづきの同級生。背は低く、人形のように可愛らしい。
シングルマザーである母親の恋人から体を触られたりすることに傷付いている。そういった経験が多いことから、男嫌い。


10月も、もうすぐ終わり。
日が落ちるのが早くなってしまって、なんだかすごく寂しい気持ちになってしまう。
そんなことを考えながら学校を出た。
冷たい風が吹いて、私の長い髪を揺らした。寒いなあ、と体を縮めた瞬間、どん、と背中に柔らかな衝撃を感じた。振り返ると、そこには香奈がいた。
「一緒に帰ろう、みづき」
そう言うと、香奈は私に抱き付いた。ふわりと、いい匂いがする。香水だろうか。花のような匂いだ。
「いいよ」
と答えると、香奈は私の右側に回り、腕を絡ませてきた。そして、私の指に、自分の指を絡める。体をぴったり密着させて、にこにこと笑っている。
「みづきって、すごくいい匂いがする。おひさまみたいなあったかい匂い」
香奈は私の耳元に鼻を近付けて、くんくんと匂いを嗅いだ。
「違うよ、香奈のほうが、いい匂いがするよ」
私の答えに、満足そうに香奈は笑う。その笑顔が可愛くて、胸がぎゅっと痛くなった。

少し遅い時間だったのもあって、周囲には人影がない。
香奈は鼻歌を歌っている。機嫌が良いらしいことに安心する。
だって先週はひどかった。泣いて泣いて…そして私は、過ちを犯した。
思い出すと体がざわざわした。

「ねえ、みづきー」
香奈が私を見上げた。彼女は私より10センチほど背が低くて、まるで人形のように可愛い。
「なに?」
答えた私の耳元に、香奈が囁いた。
「こないだみたいに、して」
闇の中で、彼女の目がきらきら輝いている。驚いた私は立ち止まった。

先週の日曜日だった。いきなり彼女が家にやってきた。ちょうどこのくらいの時間で、もう日は落ちていた。一人暮らしをしている私の部屋のドアを激しく叩く音がして、なんだろう、と開けると香奈がいた。

彼女の母親は恋多きひとで、頻繁に恋人が変わる、とは聞いていた。そして、その中には彼女に触れようとするオトコもいるのだと。

香奈は泣いていた。服装が乱れていて、私は何も言えずに黙って彼女を部屋に入れた。ドアを閉めるなり、香奈は私に抱きついてきた。そして、いきなり泣き出した。
小さな体が壊れてしまうんじゃないかと怖くなるくらい、彼女は泣いた。
そして言った。かすれた声だった。
「私って汚いかな」
暗い声だった。私は汚くない、と答えた。
「でも、今日は、いっぱい触られたの。あんなひとに触られるのは嫌だ」
涙を溜めた目で、香奈が私を見た。
部屋はまだ明かりをつけていなくて、薄暗かった。
「それでも汚くないよ」
「じゃあ触って。みづきが触ってくれたら信じる」
驚いたけれど、拒めなかった。最初に髪を撫でた。そして、そこから、首筋を指でなぞった。彼女は小さな溜息を漏らした。
「もっと、もっといっぱい触って。全部」
もどかしそうに香奈が言った。
服の上から、ゆっくり丁寧に触れ続けた。やがて、指だけではなく舌でも触れた。
自分のカラダが、燃えるように熱くなっていることに気付いた。闇に浮かびあがる彼女の肌は白くて陶器のようだった。夢を見ているような気持ちだった。

…ずっと、そうしたかった。
初めて見た瞬間から、私は彼女に欲情していた。人形のように美しい香奈を自分のものにしたいと考えていたし、そんな風に思った自分に戦慄した。ずっと、その欲望を隠すのに必死だった。彼女を避けて過ごした時期もあった。でも離れられなかった。彼女の笑顔には中毒性があって、いつもいつも、その笑顔が見たくなって困るくらいだった。彼女が私のことを好きになったらいいのに、と何度思ったことだろう。しかし、そんな欲求が満たされる日が来るなんて思わなかった。
私の欲望について彼女は何も知らない。
彼女を見るまでは、自分が女の子にこんな感情を抱いたことなど一度もなかった。だから今でも、すごく戸惑っている。

立ち止ったままの私を見て、香奈が首を傾げている。
「どうしたの?みづき」
何と答えたらいいか私は悩んだ。
「香奈、こないだのことは…」
どう続けていいか分からなくて、それ以上の言葉が出てこない。
すると香奈は笑顔で言った。
「こないだのこと、すごく嬉しかった。男の人なんて、大嫌い。ずっと、私に触るのがみづきだったらいいのにって、誰かに触られるたびに思っていた。だから嬉しかった」

本当ならば、ここで彼女に「もうしない」と言うべきなのかもしれない。でも、その言葉が出てこない。だって私も、彼女にまた触れたいと思っているから。
後に戻れなくなりそうで怖いのに、拒否できない。

今までずっと真面目に暮らしてきた。勉強だって好きだったし、人に話せないようなことなんて経験したことがなかった。それなのに、感情や欲望を制御できる自信がない。自分が望んだはずのことなのに、いざ手に入れてしまうとどうしたらいいのか分からない。これからどうなってしまうんだろう。
闇の中で、私は途方に暮れている。
そんな私の手を引いて、香奈が歩き出す。

ふと、月が視界に入った。あの日も、窓ガラス越しに月を見た。大きな月だった。見られているように感じて、気が咎めた。
道路には車もなくて、他に人の姿も見えない。
振り返った香奈が、そっと私の頬にくちびるを寄せた。
そんな私達を、今日も月だけが見ている。