時空を超えたとあるバー

雅也:
二十代の男性

マスター:
五十代の男性


雅也「ち、ちくしょ~、俺のどこがいけないってんだよぅ。あれだけお金を使って色々プレゼントもして、何度もデートだってしたじゃないか。それなのに『他に好きな人ができたから別れてほしい』だとぉ。俺は、俺はお前と結婚だって考えてたんだぞぉ。それを別れてほしいってどういうことなんだぁ。今までどれだけあいつにお金を使ってきたことか。俺のお金を返せ~ちくしょ~」

シャラララ~

雅也「ん? 何だこの曲は? なかなか良い曲じゃないか。フラれた俺にはピッタリの曲だぜ。ふぅん、いいなぁ。どこから聴こえてくるんだ?あっ、この店か。こんなところにバーなんてあったんだなぁ、知らなかった。よし、今日は思いっきり飲んで何もかも忘れてやる」

「いらっしゃいませ」

雅也「あ、この店初めてなんですけど良いですか?」

マスター「えぇ、もちろんですとも。さぁ、どうぞごゆっくり。何かお飲みになりますか?」

雅也「では、バーボンを」

マスター「かしこまりました」

雅也「いい店ですね、落ち着いた雰囲気で。今、外を歩いていたらこの店から素敵な音楽が流れてきたのが聴こえて」

マスター「有難うございます。この店で流す音楽はすべて南米の民族音楽なんですよ。私が大好きでして」

雅也「へぇ、南米の民族音楽なんですか。なんか懐かしいような切ないような、とっても良い曲ですね」

マスター「えぇ、そうですね」

雅也「ほんとに落ち着くなぁ……マスター、もう一杯」

マスター「はい、かしこまりました」

・・・

雅也「ふぅ、マスターもう一杯くださ~い」

マスター「お客様、大丈夫ですか? 少々飲みすぎでは」

雅也「いいのいいの、今日は飲みたい気分なんだから、ね、ほら、マスターも一緒にどうですか。ほら、今日は俺のおごりです、飲みましょうよ~」

マスター「いえ、私は」

雅也「遠慮しなくていいから。それとも俺の酒が飲めないってのぉ?」

マスター「いえいえ、そんなことはございません。それではお相手させていただきます」

雅也「いいねぇ、飲もう飲もう!」

・・・

マスター「お客様、お客様、大丈夫ですか、お客様!」

雅也「……はっ、あぁ、少し飲みすぎちゃったかなぁ、ふぅ、うとうとしていた。あっ、マスター、俺寝ちゃってました?」

マスター「いえ、少し飲み過ぎた様子だったので。大丈夫でございますか?」

雅也「いや~、まだまだ飲み足りないくらい。でもこれ以上飲むとマスターに迷惑かけそうだな。そろそろこの辺でやめとくか」

マスター「いえ、迷惑だなんてそんなことはありませんが。そうですね、それ以上は飲まないほうが良さそうですね。では酔い覚ましといって良いのか分かりませんが、これをどうぞ」

雅也「これは?」

マスター「えぇ、当店自慢のオリジナルコーヒーでございます。少し濃いめに淹れてありますので、目が覚めると思いますよ」

雅也「う~ん、良い香りだ。ゴクリ、これは美味い! 俺、あんまりコーヒー好きな方じゃないんですが、これなら何杯でも飲めそうだ。マスター、とっても美味しいです。ありがとうございます」

マスター「気に入っていただけましたか。それは良かった」

雅也「マスター、実は俺、今日の昼間に彼女にフラれたばかりなんですよ。結婚まで考えていたのに。それで自棄になって飲み過ぎたようで……」

マスター「そうでしたか。でもお客様はまだまだお若いでしょう。女性にフラれたくらいで自棄になることはありませんよ。まだまだこの先たくさん良いことがあるはずです。それこそフラれた女性よりもっと素敵な女性に出会える可能性だってあるのですから。いえ、お客様だったらきっとこの先、素晴らしい女性と出会えるでしょう」

雅也「ありがとうマスター、少し元気が出たよ。こんなに美味しいコーヒーまで飲めたことだし、今日は最悪の一日だと思っていたけど、案外素敵な一日になったかもしれないな」

マスター「それは良かったです」

雅也「さてと、マスターから元気ももらったことだし、今日は帰るとするよ」

・・・

雅也「あのお店、いったいどこにあったんだっけ? フラれたショックでどこをどう歩いていたかもはっきり記憶にないから、店の場所も見当がつかない……もう一度、あのコーヒー飲みたいな」

――二年後
あれからいくら探してもあの美味しいコーヒーを出してくれたお店は見当たらなかった。俺はあの日飲んだコーヒーの味が忘れられず、研究に研究を重ね、どうにかあのコーヒーに近い味を再現できるようになった。そして――

――三十年後
雅也「いらっしゃいませ」

客「マスター、コーヒーちょうだい。やっぱりマスターの作るコーヒーは別格ね。本当に美味しいわぁ」

雅也「ありがとうございます」

客「いや、お世辞じゃないわよ。こんな美味しいコーヒー、これまで飲んだことがないくらいだもの。マスター、このお店初めて何年目だっけ?」

雅也「かれこれ、三十年ほどにもなりますかね」

・・・

雅也「いらっしゃいませ」

客「あ、この店初めてなんですけど良いですか?」

雅也「えぇ、もちろんですとも。さぁ、どうぞごゆっくり。何かお飲みになりますか?」

客「いい店ですね、落ち着いた雰囲気で。今、外を歩いていたらこの店から素敵な音楽が流れてきたのが聴こえて」

雅也「有難うございます。この店で流す音楽はすべて南米の民族音楽なんですよ。私が大好きでして」

・・・

雅也『どおりで見つからないわけだ。あの時にはまだこの店はなかったのだから』