禍石(まがいし) 赤 後編

達也との再会は、更に二日後の晩となった。

真姫は再びおめかしに力を注ぎ、待ち合わせの時間が来るのを待った。

待ち合わせは、前回と同じ公園。

前よりも多少若作りな格好で、真姫は落ち着きなくそこら中に目線を飛ばしまくっていた。

ふと、十数メートル先の入り口を通りがかった人物が、こちらを凝視する。

影の形から、男性ではなく、女性――

その人物は、まっすぐこちらに向かって歩み寄って来た。

?「あれ? もしかして……和子?」

真「え?」

?「やだ、やっぱりそうじゃない! ひっさしぶりぃ~♪
どうしたのよ、その格好?!」

真「……あの……」

?「あれ~? もしかして、私のこと忘れちゃった?
ほら、郁美だよ! ○×商会本社の営業二課で同期だった!」

真「!!」

親しげに呼びかける女には、確かに覚えがある。

否、覚えがあるなどというレベルではない。

真姫の心の中に、赤い炎がメラメラと燃え上がっていく。

その女性は、日高郁美。

同期入社で一番の親友であり、かつては最も信頼していた身近な人物だった。

自分の事をいつも気にかけ、何かあるとすぐにフォローしてくれた。

借りも恩義も、返し尽くせない程沢山ある相手。

――しかし、今彼女に返したいのは「憎悪」だ。

(なんで! なんでよりによって!!
このタイミングで、この場所で!! コイツに遭わなきゃならないのよっ!!)

真姫は……否、本名の「和子」で呼ばれた彼女は、慌てて周囲を見回した。

約束の時間まで、あとほんの一分。

この状況で、ここに達也が来るのは、最高にまずい。

何故なら、郁美は――

郁「ねぇ、もしかして、誰かと待ち合わせだったりする?」

真「えっと、あの……」

郁「でもホント久しぶりだよね~、八年ぶり?
あんたがいきなり辞めちゃってからさ、淋しい思いしたんだぞぉ!」

真「……う、うん」

郁「ね、ね、良かったら今度さ、飲みにいかない? 連絡先を――」

真「ご、ごめん!」

真姫は、思わずその場を駆け出した。

途中、視界の端に達也らしき人物の影が見え、声をかけられる。

しかし、それで足を止めることは出来なかった。

背後で、郁美が誰かと話す声が微かに聞こえる。

真姫は、いつしか涙を流しながら、全速力で夜の街を走っていた。

真「何よ、何なのよぉ! アイツはぁっ!! また私の邪魔をする気なのっ?!」

結局、達也との約束を果たせなかった真姫は、怒り心頭状態で自宅に帰還した。

着替えもせず、メイクも落とさないままで、ベッドに飛び込み枕に八つ当たりする。

(許せない! 許せない!!
私とたっくんの間に、いつもいつも割り込んできて!!
しかも、今度は八年越しの嫌がらせ?!
ふざけんな! もう、絶対に許せないっっっ!!
殺してやりたいくらい、憎いっ!!)

枕とベッドのスプリングが、何度もせつない悲鳴を上げた。

日高郁美は、達也の彼女である。

だが、その情報は八年前の古いものだ。

もしかしたら、既に結婚しているのかもしれないし、別れているかもしれない。

どのみち、あの場で三人が顔を合わせるのは、最悪の展開以外の何物でもない。

郁美は、横から達也を奪い取って行ったのだ。

二年間想いを募らせ、日常の会話で友好度を高め、ここぞという告白のタイミングで、和子は郁美に先を越された。

その時のショックが抜け切れず、和子は会社を辞めたのだ。

(やっぱりこの石は、願いを叶えてくれる訳じゃないのかな)

黒く変色した石を、指に挟んで天井に翳す。

散々怒りを吐き出した和子は、深呼吸して、いつもの“真姫”に戻ろうとした。

(そういえばコレ、まだ微妙に、赤い部分が残ってる。
私が願い事をしたら、赤い部分が少なくなったんだよね。
じゃあ、まだあと一回くらいは――)

そんな事を考えていると、電源を切り忘れていたPCから、メール着信のアラームが鳴った。

乱れまくった髪を振りながら、ベッドを飛び出し、ノートPCを開く。

メールの送信者は――達也だった!

真「えっ、ウソ……」

メールの内容は、約束を放り出した真姫への文句ではなかった。

“急に都合が悪くなって逢えなくなったから、約束を延期してもらえないか”という打診だった。

まだ、彼との縁は切れていない!

真姫の心は、再び躍った。

(うはぁ♪ やっぱりこの石、願い事を叶えてくれる魔法の石なんだわ!)

すぐにメールの返信をして、二日後に約束を取り付ける。

先ほどまでの煮えたぎるような怒りは消え失せ、郁美のことも、あっさりと脳裏から薄れ始めた。

その日の晩、真姫は、奇妙な夢を見た。

見知らぬ若い男が、横断歩道を走っている。

それを追いかけてきた店員のような格好の男が、車に轢かれてしまった。

次に男は、大金の入手を願った。

すると、自分の父親が死亡し、その保険金が舞い込んで来た。

しかし、その金をギャンブルで使い切ってしまった男は、多額の借金を抱えてしまい、路頭に迷っていた。

男は、願い事を唱える。

『もう一生、金に困らないようにしてくれよ!』

そして男は、車に轢かれて、死んだ。

彼の手の中には、金色に輝く石があった。

だがそれは、徐々に赤くなっていき――

「――ひっ?!」

朝、全身汗だくで目覚めた真姫は、慌てて枕元の石を手に取った。

(今の夢、いったい何?!
あの男が持っていた石って、まさか……これ?)

夢の中の男が持っていた石とは色が異なるが、金色から赤になったのに対し、現実の石は、赤から黒になりつつある。

真姫は、今まで石にした「お願い」が、既に二つだということを意識する。

(どうしよう、もしこの石が、あの夢に出てきたのと同じものなら……
もしかして、あと一回願い事をしちゃったら――)

真姫は、黒い石を握ると、アパートのドアを開き、遠くへ放り投げた。

投げた先の状況など、気にする余裕はない。

とにかく、石がとてつもなく不吉なものに思えて仕方なかったのだ。

(と、とにかく……願い事が二つ目で終わってるなら、大丈夫なんだよね?)

真姫は、もうそれ以上深く考えるのを止め、仕事に行く準備をすることにした。

約束の日がやって来た。

真姫は、再び入念な準備を整え、達也との待ち合わせの場所に向かった。

しかし、その心中は穏やかではない。

長期間売春を休んでいるため、生活費が底を尽き、本当にやばい状況に陥りかけていたのだ。

有り金をつぎ込んで、達也と逢うために御洒落をする。

それほどまでに、真姫――和子は、達也との出会いに賭けていた。

この望みが叶えば、自分は今度こそ!

だがその願いは、粉々に打ち砕かれることとなった。

待ち合わせの場所に、人が立っている。

それは――日高郁美だった。

郁「和子!」

真「……!! ……っっっ!!!」

真姫の胸中に、再び凄まじい憎悪が渦巻く。

達也の姿は、まだない。

もはや、感情を隠すことすら不可能なほど、郁美への怒りは頂点に達していた。

郁「良かった。ここで待ってれば、また和子に会えると思って」

真「あんた……いい加減にしてよ!
どこまで私の邪魔をすんのよ!」

郁「邪魔って……じゃあやっぱり、あんたが待ち合わせしてたのって」

真「白々しいのよ! それが判ってて待ち伏せしてたんでしょ?!
最低……あんたなんかと逢うんじゃなかった!!」

郁「和子、それどういう意味?!」

真「あんたは、あたしの何もかもブチ壊しにして!
あたしをどれだけ追い詰めれば、気が済むってのよっ!!
許さない、絶対に! あんただけは絶対に! 許せないっ!!」

郁「落ち着いて、和子!
私の話を聞いてよ」

真「あんたに、あたしの気持ちがわかるわけないじゃない!!
もうダメ……もう、限界。
あんたを、必ず地獄の底に叩き落してやる!」

郁「ねえ、和子! 落ち着いてったら!
私がここに来たのはね――」

真「聞きたくないっ!! 死ね!」

真姫は、郁美の足下に唾を吐き捨て、その場から走り去る。

背後から、郁美が駆け寄ってくる気配が感じられたが、全力で振り切った。

(こうなったら、使ってやるわよ!
最後の一回? は! 上等じゃない!
あのクソ女をぶち殺せるなら、あたしの命を引き換えにしたっていいわよ!!)

大通りでタクシーを拾った真姫は、大急ぎで自宅に戻り、タクシーを待たせた。

代金を家に取りに行くから……と告げて。

しかし、その足は、自宅のアパートには向いていなかった。

(どこ?! 何処に行ったの?! ねぇ、出て来て!!
お願い! あたしの恨みを、晴らさせてよぉ!!)

真姫は、昼間投げ捨てた「黒い石」を探していた。

おおまかな方向を、スマホのライトで照らしながら、懸命に探る。

離れた場所から、タクシーのクラクションが響いたが、真姫の耳には届かない。

小一時間ほど経ち、両手が雑草の葉でぼろぼろに傷ついた頃、隣の家のブロック塀の根元で、やっと黒い石を発見した。

それは、うすぼんやりとした光を放ち、まるで真姫の迎えを待っていたかのようだった。

薄笑いを浮かべると、真姫は、その石を掴み取った。

石を天高く掲げて、大きな声で唱える。

真「石よ、お願い! 私の――」

?「ちょっとあんた! 何してるんだ?!」

いきなり、背後から肩を掴まれる。

それは、さっき乗ってきたタクシーの運転手だった。

真「えっ?!」

運転手「えっ、じゃないよ! 無賃乗車か?!
とっとと代金払ってくれよ!」

真「な、なんで、大事な時に、いつもいつも!!」

運「何言ってんだあんた! こっちも困るんだよ!
いいから早く、タクシー代1,640円くれよ!!
さもないと、警察に連れてくぞ?!」

真「ちょ……やめ、やめてよ!
今、超大事なところなんだからぁ!」

運「ふざけんなこのアマ! 警察に来い!」

運転手は、強い力で、真姫の腕を掴み上げた。

真「ああああ! 離してってばぁ!! お願いだから、離せぇっ!」

――次の瞬間、真姫の手の中から、激しい光が放たれた。

光に驚いた運転手は、思わず真姫を離してしまう。

運「うわっ?!」

真「きゃあっ!?」

運転手に急に手を離され、バランスを崩した真姫は、ブロック塀に向かって倒れていく。

――ゴキャッ!!

何かが割れるような、鈍い音が響く。

真姫は、声を上げる事もなく、ズルズルと倒れ込んだ。

運「お、おい? ど、どうしたんだあんた?!
おいってば?!」

真姫の異常に気付いた運転手が、介抱しようとする。

だがその手に、生温い液体がべっとりとまとわりついた。

運「――ひ、ひいぃぃぃ?! し、死んでるぅ?!?!」

真姫の手から零れ落ちた石は、全体が真っ黒に変色している。

そしてその中心部には、金色の輝きが宿っていた。

郁「あんた、あの子が和子だって、気付いてたんでしょ?」

達「ああ、一目でわかったよ。
嬉しかったよ、昔な、あの子も狙ってたんだよ俺」

郁「……」

達「お前ももう、昔のことなんざ、どうでも良いだろ。
俺はね、ヤラせてくれるなら、誰だってOKさね」

郁「あんた、私をあんなに酷い目に遭わせておいて……
まだ女漁りを続けてたの?!」

達「知るかよ! おめぇの方から、勝手に俺にくっついて来たんだろうがよ!」

郁「だから、それは、和子があんたに……っ!!」

達「おめぇ、いったい何年根に持ってんだよ?!
そんなに俺に貢いだ金が惜しいってんか?! あ?
フーゾク行ったのも、おめぇが自分で決めたんだろうがよ!」

郁「……もういいわよ、私のことは!
それより、お願いだから、もう和子には近寄らないで!
あの子まで、私みたいな目に遭わせないでっ!!」

達「そんなの、知らねぇよ!
それよりお前、あの店干されたってマジかよ?!
まあ、もうそのボロボロなザマじゃあ、客もろくに付かねぇもんなぁ~」

夜の公園に、頬を叩く音が、一発鳴り響いた。

「何かあったのかな?」

コンビニで夜食を買った帰り道、ふと通りがかったアパートの敷地内に、複数のパトカーや警官が集まっている。

黄色いテープで封鎖された庭では、タクシーの運転手のような男性が、半泣きで警官に何かを話している。

青年は、特に関心を示そうともせず、その前を通り過ぎた。

「あれ?」

ふと、歩みが止まる。

青年は、電柱の街灯に照らされて輝いている、艶のある不思議な石を見つけた。

「へぇ、何だろうこれ。綺麗な石だなぁ」

それは真っ黒な球体で、中心部に金色の輝きが覗く、とても美しい石だった。

禍石 黒 へ続く