【シスコン】俺は妹が心配なのです

俺、半田陽一は、今ゆゆしき事態に直面している。
何かって? ――そう、実は我が妹の一大事なのだ。
自慢じゃないが、俺の妹は読者モデル通称「読モ」として活動している兄の目から見ても結構可愛い女子だ。どうしてその可愛さ遺伝子の1/100すら俺にこなかったのか甚だ疑問だが、この際それはどうでもいい。問題は妹なのだ。

妹は昨晩からやけにソワソワしていた。
それがあんまりにも怪しかったので、こっそり友達との電話を盗み聞きしたところ…なんと男にプレゼントを買いにいくというのだ。
男などありえん! 絶対に騙される!
そんなことになったらどんなに妹が悲しむか…そう考えた末、俺は決死の覚悟で妹を守ることにしたのである。

「よし、山田。今から我が妹の一大事を解決するぞ。用意は良いか?」
「はあ…まあ良いけどさ」
「なんだその腑抜けた返事は」
「いや…だってさ…」
この一大事の為に強引に引っ張ってきた友人の山田は、さっきからずっと引きつった顔で俺をみてくる。
体調でも悪いのかと思ったが、どうやらそういう理由ではないらしい。
山田は呆れたように溜息をついて言った。
「あのさ…妹ちゃんだって高校生になったんだし彼氏くらい欲しい年頃でしょ? それを尾行って…お前ヤバくない?」
「やばい? 俺が? どこがだよ! 俺は妹の為にだなあ!」
「そこそこ。妹ちゃんはお前にそんなの望んでないと思うよ?」
「うるさい! お前は子分なんだから黙ってついてくれば良いんだ!」
「おいおい、なんだその子分ってのは」
俺は山田の頭をペシッと叩くと、前方100メートル先にいる我が妹を見遣った。
「くっ…今日も可愛い格好しやがって。そんなフリルスカート姿、男が放っておくわけないだろうが…」
「主にお前がな」
「うるさい!」
俺は山田の頭をペシッと叩くと、忍び足で妹の背後に回り込んだ。
この尾行は家を出た時点で既に始まっていたが、未だ妹にはバレていない。俺は探偵としての素質があるのかもしれないと真剣に思う。
「おっ、店入ったじゃん」
俺の背後から顔を出した山田が、妹の姿を捉えてそう口にする。
すかさず店頭に移動して確認すると、それは完璧なメンズショップだった。
昨夜から既に分かっていたことだとはいえ、こうして改めて男へのプレゼントを買いにきたのだという現実を突き付けられると…ああ、俺の心はクリティカルヒットを食らったかのようだ。

「どうする、半田? 店に入るか?」
「いや…さすがにそれはバレるだろう。そんなに広い店でもなさそうだしな」
うっかり妹と鉢合わせなんてことになったら大変だ。それだけは避けたい。
そんな俺の心中などさっぱり理解していない山田は、でもさ、なんて軽い調子で続ける。
「妹ちゃんが何を買うかもちゃんとチェックしといた方がいいんじゃない?」
「は? そんなもんどうだっていいだろう?」
「いやいや良くないでしょ。これがもしアクセサリとかだったらただの男友達かもしれないけど、服とかだったらどうする?」
「服だったらって…別にどっちだって同じだろう?」
俺がそう答えると、山田はニヤニヤしながら人差し指を左右に揺らしてチッチッと舌を鳴らした。
「半田はおバカさんですなぁ。服を買う=服のサイズも好みも熟知しているってことですよ? 中途半端な仲じゃ服はプレゼントせんのですよ」
「なにっ、そういうものなのか!?」
「まあ俺は別にどうだっていいんですけどね~」
「くっ…行くぞ山田!!」

俺は山田の襟首をグイッと掴むと、そうっと店内に忍び込んだ。
店内は薄暗く、古着屋のように所せましと服が飾られている。丁度ディスプレイの影で死角になる場所があり、俺と山田は一目散にそこに駆け込んだ。
顔をだけをそうっと覗かせて店内を眺めると…どうやら妹は店員と話し込んでいる。
――くそ、男の店員め! どうせよからぬ事を考えてるんだろう!?
それにしても我が妹は一体何を話しているのだろうか? 気になって仕方ない。
そう悶々としていると、二人がこちらに近づいてきて会話が耳に入り込んだ。
「どうしても格好良いジャケットがいいんです」
「そうですか。読モさんだと、撮影で使う用とかですか?」
「ううん、そうじゃなくてプレゼント用なんですけど」
「ああ、なるほど。それで男物なんですね。お相手の背丈とかはわかりますか?」
「はい。背丈は…」
――せ、背丈だと!? そんな生々しい情報を聞いてしまうとは…!
俺はドキドキすると同時に、言いようのない怒りに震えた。
一体相手はどんな男なんだ?
我が妹に服をプレゼントされるような男って…しかもTシャツなんかじゃなくジャケットだ。
山田の言い分通り、確かにジャケットなんてよほどの間柄じゃないとプレゼントしないだろう。
ああ、もう俺は爆発しそうだ!
そんな感情を押し殺すように拳をギュッと握りしめた、次の瞬間――。
グイッ!
「…え?」
突然の浮遊感に、俺は茫然とした。
「あれ…え…?」
驚いて目を見開くと、目前にはいつの間にか我が妹が立っていた。それどころか妹は俺の胸倉を掴んで、天使のようにニッコリと笑っている。
これはまさか…尾行が…バレ…た?
そう思った瞬間に嫌な汗が一気に噴き出したが、俺の耳に飛び込んできたのは意外な言葉だった。
「店員さーん、背丈はこの人に合わせて下さい」
――はい?
意味が分からなくて茫然と妹の顔を見ていると、駆け付けた店員が俺の顔をまじまじと覗き込んできた。
「なるほど、こちらの方ですね」
「はい」
「ええっと、じゃあ大体ジャケットの長さはこのくらいがいいかな…」
「あ、店員さん。デザインもこの人に似合う感じのをお願いします」
「かしこまりました」
――んんっ? 俺に似合う感じ!?
未だ胸倉を掴まれたままの俺は、恐る恐る妹に尋ねる。
「えっと…妹くん!? なんで俺に合わせちゃうのかな!?」
「なんでって、そんなの決まってるじゃん」
「は?」
「もー、ニブいなぁ。今日はね、兄貴の誕生日プレゼント買いにきたの!」
「へ!?」
俺への誕生日プレゼント!?
その言葉を聞いた瞬間、俺はどうしていいかわからなくなった。
今の今迄どこぞの男へのプレゼントだと思っていたものがまさか自分宛だったなんて、今迄のモヤモヤした感情をどこにぶつけて良いか分からない。
喜ぶべきだが素直に喜べない俺…そんなことをしたら恥ずかしすぎる!
「ははぁ、なるほど。そういう結末でしたか~」
「山田!?」
俺の背後からひょこっと顔をだした山田が、ニヤニヤ顔のまま妹に話しかける。
「こいつね、昨夜からずっと心配してたんだよ。で、今日はずっと尾行。そういうのってどう思う?」
「ばか! 山田、お前何聞いてッ!…あがっ!」
この俺の渾身の抵抗を、なんということか妹の手が阻止してきた。しかも口を塞ぐという荒業で。
「ほんっと困るんですよね、兄貴のストーキング行為。けどまあ昔からだしもう慣れました。それにほら、兄貴って私のことでいっぱいになっちゃって自分の誕生日も忘れちゃう人でしょ?そういうトコ嫌いじゃないなって」
「おお~妹ちゃんは人間ができておる。兄貴以上だ」
「そりゃ勿論ですよぉ」
おいおい、俺も会話に混ぜろ!
そう叫びたかったが、こんなふうに妹の本音が聞けたのは俺の口が塞がっているせいかもしれない。
まさかそんなふうに思ってくれているだなんて…正直俺は、ストーキング行為がバレたら一巻の終わりだと思っていた。
妹からはいつも心配し過ぎだと怒られていたし、さすがに今日の行為は絶縁レベルだと覚悟していたのだが…どうやらその心配はなかったらしい。
俺の心が落ち着いてきた頃、俺の口を塞いでいた妹の手がそっと離れていった。
それと同時に、店員が一つのジャケットを持ってくる。
それはおよそ俺には似合わないシャレオツすぎるジャケットだったが、いざ着てみると俺の為に作られたんではなかろうかというほどピッタリと合っていた。
「うん、いいじゃん」
ジャケットを着た俺を見て、妹が頷く。
「まあ、馬子にも衣装ってやつだな」
山田、殺す。
「じゃあこれ、兄貴にプレゼントするね。せっかくだからこのまま着て帰ってよ」
「ああ…しかしこれはかなり高いんじゃ…」
恐る恐る値札をチラ見すると、なんとそこには49000という数字が書かれていた。
四万九千円!?
高い! 高すぎる!
急に恐れ多くなり慌てて脱ごうとする俺を、妹がガッツリとホールドする。
「いーの! だって兄貴の誕生日じゃん」
「それはそうだが、お前、高校生でこの値段は…ッ」
「いいんだって。これは私の気持ちなんだから」
その言葉に思わずドキッとしてしまう情けない俺。
そんな俺に追い打ちをかけるように妹が言葉を続ける。ちょっと照れながら。
「誕生日おめでと。これからもずっと、私の兄貴でいてね」
俺の目には、俺と似た遺伝子と細胞を持って生まれてきた、だけど最愛の妹が映っている。
今日ほど俺は、我が妹の兄貴としてこの世に誕生したことを嬉しく思ったことはない。
俺、半田陽一は、今とても幸せである。

END