【BL】【ブラコン】スクランブル交差点の渡り方

山内静久:
普通で平凡内気な男子高生、親の再婚相手の義理の兄を好きになる

タケル:
主人公の義理の兄、スポーツマンで人懐っこい


それじゃあ告白しようかな。

それは突然、唐突に、ぱっと頭の隅で浮かんだ。

「お前の希望先はウチの学校からはお前だけだな。でも山内ならきっと大丈夫だ。」

それを聞いた瞬間、長い間僕の胸の奥で煙だけをあげてくすぶり続けていた火種が、ぼっと強く瞬いた気がした。

ざわめく職員室の一角で、中年の社会科教師の担任の前に座りながら、突然頭の中に浮かんだ考えは素晴らしいものに思えた。

「…先生。僕、頑張ってみます。」

「ん? いやだからな、先生お前なら大丈夫だと思うぞー。」

新しい環境で過ごすのもいいことだしな、と、話し続ける担任の声がどこか遠くに聞こえる。

…うん、そうだよ先生、僕頑張って、新しい自分になります。

この胸の火種も、そろそろ完全に消し去ってあげなくちゃいけないだろうし。

高校三年の10月、進路相談の真っ最中に、僕はもう一つの進路を見つけた。

普通な顔、身長、成績は少しいいけど、運動神経は人並みで、少し内気な平凡で平均な男子高生の僕の、唯一普通でない初恋に、とうとう別れを告げることにした。

告げる勇気も、砕ける勇気も、そして思い続ける勇気もない僕に、きっかけを与えてくれたのは高校最後の先生だった。

ふと、兄の進路はどうなのかを思った。

義理の兄の進路はずっと気になっていたけれど、聞く勇気もでなかった。

離れてしまう不安と、側にいたい想いと、叶わない願いを諦める潔さもなく、ただ今を過ごしていたけれど、それももう終わりにするのだから、今なら本人に聞けるかもしれないと思った。

向こうは僕の進路なんで気にもしてないんだろうな。

そう自分で考えて、また胸の奥のどこかがチクリと痛んだ。

この痛みにももう慣れた。

痛み始めたのはいつだったかなんて覚えていない。

それくらい長い間、僕は兄を想い続けていた。

・・・

父の再婚相手には、一つ年上の男の子がいた。

「今日から一緒に住むお母さんとタケルお兄ちゃんだ。静久、仲良くできるよな?」

父さんの足に隠れながら、ちらっと見上げた母さんはキレイで優しそうな人だった。

そんな母さんを守るように前に立って、父さんを見上げていたタケルは、『お兄ちゃん』という言葉に目を輝かせて僕を見た。

「静久! 俺がタケル兄ちゃんだ!」

「…タケル、おにいちゃん…。」

僕が小さな声でつぶやくと、タケルは嬉しそうに満面の笑顔で僕に手を差し伸べた。

「静久! 今日から俺がお前の面倒みてやるからな! あくしゅだあくしゅ!!」

「…あくしゅ。」

おそるおそる手を伸ばすと、僕と同じように小さな体温の高い温かな手でぎゅっと強く握られた。

それが、僕とタケルの初めての出会いだった。

早生まれの彼と遅生まれの僕では、一つ年が違っても同じ学年だった。

幼稚園も一緒に通い、家でも外でも僕たちはいつも一緒にいた。

よく風邪をひいては熱を出す体質の僕に、風邪がうつるから寄らないようにいわれても、面倒見のいいタケルは寝込む僕の部屋にこっそり遊びに来て、絵本を読んでくれたり、幼稚園であった出来事を話してくれた。

遊んでいて転んで怪我をしては泣きじゃくる僕を、立たせて傷の手当をしてくれたり、誰かに意地悪をされて泣く僕をタケルは庇ってくれ、同じ学年でも僕よりずっと背の高いタケルが、僕には大きく頼もしく見えて、僕はタケルがすごくすごく好きだった。

バレンタインデーは好きな人にチョコレートをあげる日だと知って、おこづかいで買ったチョコレートをタケルにあげた。

「大好きなタケルお兄ちゃんに、チョコレートあげる。」

「ありがとな静久!」

嬉しそうに笑って受け取ったタケルと、半分にして一緒にチョコレートを食べた。

僕とタケルが本当に仲良く過ごしていたのは、小学校までだった。

小学校に上がってから、人見知りする内気な僕と反対に、人懐っこくて誰とでも仲良くなれるタケルはいつもクラスの真ん中にいた。

タケルの周りにはいつも誰かがいて、笑いの中心にいる幼馴染を、どこか誇らしい気持ちで見ている僕は、それと同時に寂しかった。

僕だけのタケルじゃない。

当たり前の事実に、ショックを受けている僕がいて、不思議に思った。

小学校にあがって、バレンタインデーに、チョコレートをプレゼントするのは、女の子が好きな男の子に好きだと告白するものだと知って、準備したチョコレートは自分で食べた。

「静久、今年は俺にチョコレートくんねーの?」

「…チョコレートは女の子が好きな男の子にあげるものなんだって。」

「えー何だよそれ。静久のケチ。」

「ケチって…タケルお兄ちゃんはクラスの女の子から貰ってたでしょ。」

「貰ったけどさー静久からも欲しい。」

「…お腹壊すよお兄ちゃん。」

クラスが違っても、遊ぶ友だちが変わっても、帰り道が同じ僕たちは、ランドセルを揺らしながら、オレンジ色から紺色に変わる空の下を一緒に歩いてた。

だけどそれから、クラブでサッカー部に入ったタケルと、読書クラブに入った僕の生活リズムは違ってきた。

サッカー部は朝早くから練習があったり、夕方遅くまで練習があり、休日にはサッカーの試合があった。

明るくて頭が良くて、それでいて真面目なタケルはサボることなんてしない。

成績も悪くないし、運動神経もいい、人当たりもよくて、自慢のお兄ちゃんだった。

「静久ごめんな、今日から一緒に帰れそうにないわ。」

ある日、靴箱の前でタケルを待って座っていた僕に、先に帰るように告げた。

申し訳なさそうに顔の前で手を合わせながらタケルが謝ってきた時、ただ驚いて、それから泣きそうになるのを必死でこらえて無理やり笑顔を作った。

「当たり前だよ謝らないで。タケル兄ちゃん…練習、頑張ってね。」

僕は出来るだけ声が震えないように、小さな声で伝えた。

「おう! ありがとな!」

満面の笑みで答えると、静久は寄り道しないで帰れよ、と言ってタケルは背を向けて行ってしまった。

昨日までずっと一緒にいた帰り道に、タケルがいないことが寂しくて、家に帰って一人で泣いた。

いつもなら僕が泣いていると、タケルが一番に駆け寄ってくれるのに。

『どうした静久?! どっか痛いのか?!』

『誰かに意地悪されたのか?! 名前教えろ! 俺がやっつけてやる!』

タケルがいない。

僕が泣いても分からない。

・・・

それから、しばらくして、父さんと母さんは離婚した。

僕とタケルに泣きながら謝る母さんはきっと悪くない。

出張も多く、家を空けることが多い父さんに疲れた母さんは、僕を引き取りたがっていたけれど、父さんがそれを許さなかった。

母さんとタケルは家を出た。

けれど母さんには職場もあって、引越しはしたけれど、転校することがなかったタケルとは中学校も高校も同じ学校で、僕は義理の兄から離れられなかった。

小学校から変わらず、サッカー部の所属するタケルとの生活リズムは重なることがない。

住む家が違っても、生活リズムが違っても、それでも、朝の練習がない日の朝は、タケルは必ず僕の家の前で待っていてくれた。

それがいつだと教えられたことはないし、一緒に学校へ行こうと誘われたこともないけれど、ドアを開けて毎日僕はタケルの姿を探した。

廊下のすみにタケルの姿がある日は、ドクリと僕の肌があわ立って、いつも僕の胸が躍った。

本当は高校三年生の僕たちに部活動はないけれど、タケルを含む何人かの3年生たちは自主練習で現役の後輩たちと混じってサッカーをしている。

「おはよう。タケル今日は朝の練習ないんだね。」

「はよ、今日は久々の休み。しっかし寒くなったなー朝起きるのツラくなった。」

手にしていた携帯をしまうと肩にかけているカバンを持ち直して、タケルは先に階段をおりる。

「おばさんは元気にしてる?」

「俺の朝ごはん作ったらすぐ仕事にでたよ、静久んとこは?」

「今は父さん出張中で僕一人。いいなぁタケル。僕も久しぶりにおばさんのご飯食べたいなぁ。」

「今度家に食べに来いよ。母さんも喜ぶぜ。」

「本当に? 今度時間あったら行くからね。」

「おう。いつでも来いよ。」

なんでもない会話でも、僕にはタケルと2人だけで会話できる唯一の時間で、学校までの短い間でも、それはすごく大切な時間だった。

中学の頃までは、お互いの家を行き来して、ご飯をご馳走になったり遊びに行ったりしていたけれど、高校生になってそれはほぼ無くなっていた。

たまにタケルがくれる朝の二人だけの時間が、僕にとっては何よりも楽しみの一つで、今度の休みはいつだろうと考えている。

僕からタケルに尋ねることはしない。

普通の今のこの関係を壊したくないし、これ以上を望んではいけないと分かっている。

昔の親の再婚相手の子ども。

もう、タケルは僕のお兄ちゃんじゃない。

僕は、本当はいつだってタケルの隣にいたい。

タケルが好きだ。

血が繋がっていないからこそ、弟としてさえも隣に立てない僕の想いはどこにもいけない。

こんな想いを告げられるのは、きっと可愛い女の子だと僕は知っている。

タケルが困ることはしたくない。

…いつも明るく笑うその顔が、僕を嫌悪で歪む顔なんて見たくない。

想像するだけでチクリと痛むこの胸は、きっと普通の兄弟だったならないものだと知っているから、余計に苦しい。

いつもはその広い背中しか見ることができない。

横に立って、僕より頭一つ分高いタケルの横顔を見上げることの出来るこの距離は、近いのか遠いのか。

「…タケル…お兄ちゃん…。」

「んあ? 静久、今なんか言ったかー?」

「…ううん、何でもないよ。」

前を行くタケルが立ち止まって振り返った。

明るくて眩しい朝日を背に受けて、その表情は分からない。

だけど、タケルは今僕だけを見ている。

その事実が嬉しくて、僕はふわりと笑って、立ち止まっていた足を動かして歩き出した。

・・・

中学も高校も、自分から離れる勇気なんてなかったから、このままにしていた想いは、きっとどこにも行けないものだ。

痛むだけで自分ではどうする事もできないこの想いは、やっぱりタケルに消してもらおう。

そう決めた僕は、2人だけの朝の時間にお願いをして、タケルと放課後会う約束をした。

人通りの多い、駅前のスクランブル交差点。

タケルに僕の想いを告げたら、そのまま人混みに紛れて逃げてしまおう。

普通で平凡な僕の普通じゃない初恋に、別れを告げて新しい自分になって、新しい出発をしよう。

青信号がその合図。

道を最後まで渡ることはない。

これ以上、普通の顔をして、タケルの隣にいることは出来ないから、僕たちは同じ道を行くことはできない。

新しい僕だけの新しい道を行こう。

どうせ、高校を卒業したら家族と離れて、僕のことを誰も知らない、新しい土地へと旅立つのだから、その予行演習だと思えばいい。

痛む心を粉々に砕いて一つ一つ拾って、そうして新しい僕になる。

タケルお兄ちゃんを好きな小さな弟としてではなく、山内静久は、タケルという人が好きだ。

・・・

約束した時間の5分前に、タケルは駅前の大きなテレビの前にやってきた。

約束の1時間も前からその場に立っていた僕は、大きなテレビを流れるCMを見ながらぼんやりしていて、肩を叩かれるまで気がつかなかった。

「悪い。待ったか?」

「大丈夫だよ。良かった。来てくれた。」

朝の学校への時間以外で、タケルと二人だけで会うのはいつ振りだろうかと思い出そうとしても、幼い僕たちの姿しか思い出せなかった。

「静久が話したいことがあるって何かの相談か? この時期だから進路とか? 俺もまだちゃんと決まってないんだよな。」

全然困っている様子のない口ぶりでタケルは首をすくめた。

「タケル、態度とセリフが合ってないよ。」

ふふっと笑って、それから小さく息を吐いて、手に力を込める。

「行こうか。」

「おう。」

二人で信号待ちをする人だかりの中に混じる。

大きなスクランブル交差点は、横断歩道の信号が長いし、信号待ちの時間も長い。

向こう側にもたくさんの人だかりがあって、信号が赤から青に変わる瞬間を待っていた。

「…今から、僕が言うこと、タケルに聞いてほしいんだ。」

ざわめきに負けないように、小さくなる声を無理やり大きくして、隣に立つタケルの顔を見上げる。

どうか、今は声が震えませんように、きちんと伝わりますように。

祈るような気持ちで、最後になるだろう近さにあるタケルの顔を目に焼き付けた。

「おーどっか食べるところ入るか?」

にこにこしながら笑う陽だまりみたいな顔が好きだ。

「あ、腹へってない? 飲み物だけにするか?」

相手を気遣える優しいところが好きだ。

「なんか静久と二人で出掛けるのめちゃくちゃ久しぶりだなーまた今度時間ある時一緒に遊ぼうぜ。受験生も気晴らし必要。」

楽しそうに笑う、タケルが好きだ。

今ここに、お兄ちゃんが好きな小さな弟としての僕はいない。

信号が赤から青に変わる。

一斉に人だかりが動いてバラバラになっていく。

横にいたタケルが動いて、僕はいつも見続けたその背中を見つめて、向こう側へと送り出すことを決めた。

大きく深く息を吸って足を一歩前に踏み出す。

大きなスクランブル交差点は信号が長く、時間は十分にある。

行き交う人が混じる中、僕は先を行くタケルを呼び止めた。

スクランブル交差点の真ん中で、初恋に別れを告げる。

「タケル!」

いつもより大きい僕の声。

足を止めて首だけを後ろに向けて、少し後ろにいる僕を、タケルの目が不思議そうに見つめる。

「僕はタケルが好き。」

僕の真っ黒な髪とは違い、サッカーで陽に焼けたサラサラの明るい茶色の前髪が、驚きに大きく見開かれる目にさらりとかかったのが、僕にはひどくゆっくりに見えた。

それを見て、体から力が抜けて、強張っていた顔で、それでもフッと笑うことができた。

僕の想いがタケルに届いた。

大丈夫。

声は震えなかった。

きちんとタケルに伝えることができた。

力の抜けた手が足が震えだす前に、僕は身をクルリと回してタケルに背を向けると、足早に今来た道へと引き返す。

青信号だ。

まだ進める。

足を前へ前へと進めていると、ガグン! と体に衝撃が走った。

「…公衆の場で、顔を合わせて面と向かって言えるくらいに俺のこと好きなのな。」

頭の上に落とされた低い声に顔が上げられない。

…考えれば、電話やメール、お互いの部屋で2人きりの時に告白することも出来たんだと今知った。

やっぱりタケルは頭がいい。

「……そ、いう、わけじゃないんだけど……」

僕がこの場所を告白の場に決めたのは、想いを告げた後、すぐに人混みに紛れてここから逃げられるからだ。

…僕の想いを知って、嫌悪感に歪むタケルの顔を見たくなかったからだ。

「…まあ、すぐに姿消せるから、とか考えたんだろうけどよ。」

驚いて伏せていた顔をあげる。

どうして分かったんだろう。

すると、タケルは得意そうな嬉しそうな顔をして、それからどこかが痛むように顔をしかめた。

「ふざけんなよ。お前の考えそうなことなんて分かってんだよ。」

誰が逃がすかバカやろう。

タケルはそう言って、掴まえていた僕の腕をさらに強く握りしめた。

「行くぞ。」

低くつぶやいてタケルは僕の腕を掴んだまま歩き出す。

僕は呆然としてタケルに引っ張られたまま、成されるがままに動いた。

そこは数分前には決して僕が行くはずのなかった向こう側で、タケルだけが行くはずの場所だ。

青信号がちかちかと点滅している。

待って待って。

向こう側には僕は行けないはずで、ここにはもういないはずで。

「…分かってる?」

想いを告げる時は震えなかったのに、僕の声は小さく震えて掠れていた。

タケルに掴まれた腕が熱い。

そこから徐々に熱が体中へと回って、頭がクラクラして足に力が入らない。

タケルに引きずられるように信号を渡り終えた。

「…だって、僕だよ?」

「お前だからだろ。10年以上の付き合いなめんな。」

どんどん前へ進むタケルがどこへ行こうとしているか分からない。

すると駅前のファーストフード店に入った。

「セット二つ。」

店内はいくつか席が空いてるだけで、家族連れや高校生、サラリーマンで埋まり、ざわざわとした騒音と店内のBGMが混ざり、にぎわっていた。

注文すると同時にハンバーガーセットが出てきた。

タケルは僕の腕を掴んだままだ。

抵抗する様子の無い僕に安心したのかその力は弱く、軽く握るようだった。

空いた席に座るよう促されると、温かい手が離れて、向かい合わせに座る。

僕はぼんやりと目の前のタケルを見る。

目が合うとタケルは、がしがしと頭をかいてうろうろと目線をそらした。

「うーんと、あーと…悪ぃ。ちょっと待ってな。」

その顔は困ったように眉を下げているだけで、嫌そうな顔はしていない。

…あぁ、タケルは優しいから、僕を傷つけないように言葉を選んでいるのかもしれない。

「…何考えてるかわかんねぇけど、多分それは違うからな。ちゃんと話すから待ってろ。」

僕を目をまばたかせて、まじまじとタケルを見つめた。

…どうして分かったんだろう。

「分かるから。お前自分が思ってるよりずっと顔にでてるからな。」

っうし!と、小さな声で気合を入れると、タケルは自分の顔を叩いて、ずい、と体をテーブルの上に乗り出した。

「俺の気持ちそのまんま言うぞ。」

「俺は男は好きじゃない。」

「初恋は幼稚園の先生だったし、エロ本だって見てる。ヌいたりしてる。けどな。」

「だけどな、静久。さっきすげぇ嬉しかったんだ。」

「お前が俺に好きだ、つって、お前が冗談でこんなこと言う奴じゃないのも知ってるし、マジなんだな、って思ったら」

ものすごい早口で一気に話し出したタケルは、そこでなぜかピタリと言葉を切った。

すると、タケルが泣きそうな顔でくしゃりと笑った。

「背中に電流流されたみたいに、ビリビリって。」

「めちゃくちゃに嬉しかったんだよ。俺は。」

「悪い。正直言うと、今俺がお前と同じ気持ちでの好きとか分かんない。でも、さっきの告白でお前がどれだけ俺のこと想ってくれてるか分かる。だから、」

「だからさ」

「俺とお付き合いしてみようぜ。」

俺が嘘とか下らないことしないことお前も知ってるだろ、と笑いながら言う。

想像したこともない展開に言葉がでない。

タケルが僕の想いに応えてくれるなんて、そんな可能性があるなんて、その先のことなんて考えてもいなかった。

「悪いな、静久。こんな中途半端じゃ嫌か?」

タケルは優しいけど正直だ。

相手のことを思って、きちんと言うべきことは言う人間だ。

だからその言葉は真実なんだろう。

じわじわと僕の中にタケルの言葉が響いて、ぼんやりしていた意識がはっきりしてきた。

大切で大好きなタケルが目の前でじっと僕を見ている。

「人見知りのお前が、いつも俺にだけは手放しに笑いかけることが嬉しかった。クラスの奴らにお前感情薄いとか言われて意外だった。あんなに分かりやすいのに何でだって。誰かといる時確かにお前引っ込みがちで静かだし、俺だけなんだって優越感も持ってたんだ。二人で話せる朝の時間が嬉しかった。静久のことは好きだ。でもそれは大事な弟としてだから、俺も、お前と同じように好きになってみたい。今からお前のことそういう目で見て、もっとちゃんと知っていきたい。」

そこまで言ってタケルは大きく息を吸って吐く。

「それじゃダメか?」

苦笑いしながらタケルは頬を軽く引っかいて、黙り込むとじっと僕を見つめて目だけで答えを促した。

頬が熱くなるのが分かった。

こんな未来が待っているなんて思ってもいなかった。

僕は、またタケルの横に立てるのだろうか。

大事な小さな弟としてではなく、想い想われる、それ以上の関係を望んでもいいのだろうか。

ぎゅっと握った手のひらに力がこもる。

「…全然ダメじゃない。いいの? 僕、これからもタケルの側にいてもいいの?」

「っかぁー! 良かった! 断られたりしたら俺相当カッコ悪いなとか思ってたぜ。」

顔をくしゃくしゃにしながら嬉しそうに笑うと、タケルはそのままズルズルと椅子の上を滑り落ちるようにだらりと身を投げ出した。

右手が顔を覆いながらも、見えているその耳は真っ赤だった。

「すげぇ緊張した。お前すごいなーあんな所で愛の告白とかマジですげぇ。」

頬が熱い。

きっと僕もタケルと同じように顔が赤くなっているだろう。

思い出したら恥ずかしくて何も言えない。

必死だったし、これでタケルと会うのも最後だと思っていたから出来たことだ。

だけど、勇気を振り絞って告げて良かった。

消すはずだった火種はまだまだ消せそうにないけど、小さな火を熾すことは出来た。

「俺誰かと付き合うとか初めてだから、どんなことしていいのか分かんないけど、よろしくな。」

体を起こしながら、にか、と赤い顔をしたまま、底抜けに明るい笑顔でタケルが言う。

僕はタケルと同じように笑おうとしたけど、こらえきれずに少し泣いた。

本当に嬉しい時も、涙がでるものなんだと初めて知った。

「…よろしく、お願いします…」

ぐずぐずと鼻をすする僕に、タケルはティッシュを差し出しながら身を乗り出して顔を近づけると小さな声でささやいた。

「これから色仕掛けでも何でも、全力で俺を惚れさせろよ?」

どんなお前でも受け入れてやる度胸はあるぜ、と、ささやかれた内容に、でかけた涙がひっこんだ。

…色仕掛けって何ですか。

あははと僕を見て心底楽しそうに笑う初恋の人は、僕の恋人になった。

・・・

それから、僕の進路先への希望者は2人になった。

特に志望先がない、という理由でタケルは僕と同じ進路先を選んだ。

「良かったわータケルったらやりたい事も夢もないし、おばさん心配してたのよー静久くん迷惑かけると思うけど、うちのばか息子よろしくね。」

「静久一人で大丈夫か心配だった。タケル君と一緒なら安心できる。」

志望先が同じだと知ったタケルのお母さんと僕の父さんは、一人より二人でいることに安心したらしく、寮に入るはずだった僕は、タケルと2人でアパートを借りてルームシェアすることになった。

急な展開に頭がついていけない僕と違って、何事にも器用なタケルはてきぱきと新しい生活の支度を進めていく。

「タケル、本当にいいの? 僕と同じ進路で。」

「全然大丈夫。逆にマジで感謝してるぜ。俺このままバイトとかしてフリーターする予定だったんだ。進学する気なかったけど、お前と一緒ならやっていけそう。お前一人だと心配だしな。遠距離恋愛とか俺多分無理。」

ダンボールに荷物をつめていきながら、どんどん部屋の隅に積み上げていく。

「ほら、そっちの箱もよこせよ。」

重いダンボールに苦戦してる僕に代わってタケルは軽々と持ち上げた。

「静久も少し体力つけないとなーあとでキツいぞ。」

「あとで?」

「俺の相手。」

「?」

家をでて初めて家族以外の他人との共同生活は、食事や洗濯、料理など、学業以外したことのない自分達で全てをこなしていかないといけない生活で、やっぱり体力は必要なのだろうと考えた僕はきっと間違っていない。

「体力は俺が協力してやるからな。新生活楽しみだな。」

「うん。楽しみだね。」

運動部に所属したことがない僕は、体力作りって走ったりするのかなぁ、と、ぼんやり考えていた僕の想像をはるかに超える運動量だった。

タケルの協力は主に室内で行われた。

場所は寝室が一番多かったけれど、バスルームや台所、所構わず行われることがあった。

防音機能のある部屋がいい、と言っていたタケルの真意はその時初めて分かった。

それを知るのは、春先の2人暮らし初日のことだった。

色仕掛けがどういうものなのかを知った。

僕そんなのタケルに仕掛けたことなんてない、と必死で訴えたけど、返ってきた答えは理解不能のものだった。

「告白された日から、ガキの頃思い返したらお前すっげぇ可愛かった。やっぱ好き。すげぇ好き。俺勿体無いことしてたし、ずっと俺のこと想ってくれてたお前にその分応えないといけないだろ? 今日まで耐えてきた俺がすげぇ。大丈夫。色々調べてきたから優しくする。」

出来るだけ、と言って口付けてきたタケルの背中を、初めて力いっぱい殴った僕は悪くない。

僕の渾身の一撃は、体格差もありスポーツマンのタケルには全く影響を与えることはなかった。

・・・

生まれて初めての体験は、告白したあの日から数え切れないほど増えていく。

赤信号が青信号に変わる瞬間に、踏み出す勇気と砕ける勇気を必死に振り絞ったあの日。

交差点の真ん中、僕は初恋に別れを告げた。

掴まれた腕と浮かんだ笑顔。

人混みに消えることの無かった想いは、想い想われながら小さな火種を大きくする。

大切にしたい。

一緒にいればいるほど、その想いは大きくなる。

息を大きく吸って、青信号を合図に足を前に踏み出す。

小さな勇気を持って信号を渡れば、交差点の真ん中で、運命は大きく変わるかもしれない。

スクランブル交差点の渡り方。

行きは一人で帰りは二人で。

行き交う人にぶつからないように、寄り添って渡ると尚いいでしょう。