死神たちの宴

死神:
強い

女死神:
面倒ごとが嫌い

死霊:
数が多い


死神「どうしたもんかねぇ」

黒い襤褸切れ(ぼろきれ)をまとった男は、眼前に広がるビル群を見下ろしていた。街のあちこちから、悲鳴や爆発音が聞こえる。死神はゆっくりと静かに街に降り立った。

地獄絵図。まさにその言葉が相応しいほどにこの街は蹂躙(じゅうりん)されていた。街の人々には何が起こっているのかさえ分かっていないだろう。

死神「おーおー、暴れてるねぇ。俺の手には有り余る事態だね。ホントどうしてこうなったのかねぇ」

男の口調にはまるで危機感がなかった。死神という職業柄、人の死は見慣れている。いまさら目の前で大勢の人が死のうとも、何の感慨も湧かない。冷徹でも冷酷なわけでもない、死神とはそうあるべきなのだ。

死神「おっと危ない」

車がどこからともなく死神に向かって飛んでくる。死神は避けない。車はすり抜けた。死神は実体のない存在。質量を伴ったものが当たるはずもない。そう質量を伴ったものは。

死神の左腕が吹き飛ぶ。突然訪れた痛みにもまるで顔色を変えない。まるで予測していたかのように。死神は目の前に現れた存在をじっと見つめる。

死霊「アァー」

死神「始めるとするか」

右手に死神を象徴する大鎌を持ち、死霊に切り込む。死霊は耳を劈くような叫び声を上げ、消滅した。

死神「まず一匹」

ほっと一息吐いたのも束の間、ぞろぞろと死霊が集まってくる。死神はかすかに冷や汗を流した。

死神「こいつは大仕事になりそうだ」

鎌を手に死霊の大群に突っ込む。切って切って切りまくる。死霊一人一人は大したことはない。驚異的なのはその数だ。切っても切ってもどこからともなく姿を現す死霊共に、死神は徐々に追い込まれていた。数の暴力に個の力で挑むのは無謀。どれほどの達人でも数の暴力には適わない。アリが何百匹も集まれば象を持ち上げることが出来るように、数の力というのはそれほど驚異的だ。

死神「ひとまず退散」

死霊共の隙をつき、死神は逃げる。死霊は死神を追わず、近くにいた人間を襲い始めた。

死神「思ったより大変だねぇ、この仕事。そう思わない?」

女死神「――減らず口を叩けるなら、大丈夫でしょう」

最初からそこにいたかのように現れた女の死神は冷たかった。

死神「酷いねぇ。俺、片腕つぶされたんだよ?もう少し優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃない?」

女死神「両腕潰されれば良かったのに」

死神「傷口に塩を塗りこむとは。ホントドSだよねぇ君」

女死神「あなたが嫌いなだけですよ」

死神「だったらなんで俺のところに来たわけ」

女死神「死霊が多すぎて手に負えなくなりまして。仕方なく猫の手を借りることにしました。私の下僕となりなさい」

死神「下僕はイヤだけど、手を組むのはいい考えだ。一人じゃ手に負えないよこの数は。どうしてこんなことになったのかねぇ」

女死神「バカな人間が何も考えずに呪文を唱えるのがいけないんですよ。そのせいで死霊がこの世に流れ込む事態になったんです。自業自得なのになんで助けないといけないんでしょう」

死神「本来死ぬはずのない魂が一度に死ぬんだよ。あの世の秩序が乱れてしまう。それに死霊は生者、死者問わず襲うから。俺たちにとっても危険な存在。排除して然るべきだと思わないかい?」

女死神「そんなことは分かっていますよ。ただ余計なことをしやがってと思うんです。呪文さえ唱えなかったら、私も危険を冒さずに済んだのに。ムカつきます」

死神「それは同感だね。誰が死のうがどうでもいいよ。俺たちは魂を刈り取る存在で、人を助ける存在じゃない。俺たちのやるべきことじゃないね」

女死神「でもやらないと私たちが死んでしまう。本当にイヤになります」

死神「そうだねぇ。とりあえず潰しまわるとするかねぇ」

女死神「そうですね。私を守ってくださいよ。死にたくないですから」

死神「俺も死にたくはないんだけどなぁ」

・・・

死神「おーおー、共食いしてやがる。粗暴だねぇ」

女死神「仲間割れして自滅してくれたらラクなんですけどね」

死神「そうも行かないのが辛いところだね。そら!」

女死神「はぁ!」

二人の死神は襲い来る死霊の群れを凄まじい速さで切り刻む。流れるように、あるいは踊るように、止まることなく死霊を刈る。

死霊「ぐぎゃぁー」

ただ人を襲うだけの存在。知能があるわけでは決してない。死霊ですら、死に恐怖する。生者、死者問わず恐れ戦く存在、それが――死神。

数の暴力が個の力に負けるとき。それは戦う意思を失ったときである。恐怖に戦き、戦意喪失した死霊は死神の敵ではなかった。

半狂乱状態に陥った死霊は敵味方の区別がつかず、互いを襲いあう。この場を支配しているのは数で勝る死霊ではなく、たった二人しかいない死神だった。

死神「諦めてあの世に還れ」

女死神「手間を増やさないでください。面倒なので」

ベストパートナーを得た二人は強かった。負ける気がしなかった。一人ではない、その事実が力を生んだ。1+1は無限。二人の力は今、――神にすら匹敵するものになっていた。

・・・

死霊「ぐげっ」

死神「殲滅完了」

死霊は一匹残らず消えた。街の被害は甚大ではあったが、壊滅にまでは至っていない。人々はどうしてこのような事態に陥ったのか分かっていなかった。無理もない。死霊も死神の姿も見えなかったのだから。

・・・

死神大王「よくぞやった。褒美を遣わそう」

死神・女死神「休暇が欲しい(です)」

死神大王「分かった。そなたらに休暇をやろう。新婚旅行、楽しむがいい」

・・・

死神「否定しなくて良かったのかねぇ」

女死神「面倒ごとは嫌いなんですよ」

死神「付き合ってると思われてるよ」

女死神「そうですね。否定するのも面倒なんで、事実にしてみます?」

死神「……そいつは嬉しい褒美だねぇ」