銀河通信 (1/2)

曜子は、ちょっと変わった趣味の持ち主である。
レトロチックな物が好きで、自分が生まれる前の時代にあった製品や家財道具などに、強い関心を示すのだ。
小さい頃から中学生になる現在までに、集めたコレクションは数知れず。
もっとも、プレミアや希少性など関係なく、目に付いた物を集めただけなので、はたからみれば「ガラクタ」以外の何物でもないのだが。

今、曜子の部屋には、新しい「古物」が置かれている。

それは、昭和時代のプッシュ式電話機。

現在のような、親機子機とか、留守電機能とか、そういったものとは全く無縁の遺物で、大昔のダイヤル式電話がプッシュホンに変わっただけのアナログ極まりない物。
薄グリーンの本体に、受話器と12個のボタンが付いているだけの、シンプルな構造。
物置の奥から出てきたもので、曜子が生まれる二十年以上前に使っていた骨董品のようだ。
その溢れんばかりのレトロ感に魅了された曜子は、それを綺麗に拭き、自室の机の上に置くことにした。
まるで、今でも使っているかのように。

「モニターもなくて、留守電もなくて、受話器もコードレスじゃなくて。
一体どうやって使ってたんだろうコレ?」

そんな事を考えながら、曜子はじっと、新しい宝物を見つめる。
うっとりと眺めているだけで、時間はいくらでも過ぎて行くのだ。

もうすぐ、期末試験の時期だ。
その晩も、曜子は日課の勉強を始めていた。
成績は特段良くもなく悪くもない曜子だったが、今回はあまり自信がなかった。
その日は、翌日がお休みということもあり、また他にやりたいこともなかったので、曜子は真面目に勉強に取り組んでいた。
午前一時を回り、そろそろ眠気が襲い掛かって来る気配が漂い始めた頃。

机に、微細な振動が伝わって来た。
と同時に――

――リ、リィィィン

リィィン

リィィン……

机の上の電話が、突然鳴り出した。

「えっ?!」

骨董品のプッシュホン電話機は、当然ながら電話線は繋がれていない。
また、電源を必要としない物なので、当然通電すらしていない。
にも関わらず、電話機は、間違いなく着信音を鳴らしている。
電子音ではない、軽やかで少し頼りないベルの音が耳に心地良いが、それどころじゃない。

「え? え? ど、どういうこと? コレ?」

リィィン

リィィン……

電話は、まるで「早く出ろ!」と急かすかのように、鳴り続ける。
曜子は、母親を呼びに部屋を出ようとするが、今夜は泊り込みの夜勤で留守なのを思い出す。

リィィン

リィィン……

電話は、もう三分以上鳴り続けている。
スマホでこういう現象について検索しようと試みたが、恐怖感が先に立って集中出来ない。

「ど、どうしよ~?! で、出ないと駄目なのかな?」

電話線を抜いて止めようにも、最初から繋がっていないので止めようもない。
曜子は諦めて、受話器を取ってみることにした。
恐る恐る、受話器を耳に当てる。

「も、もしもし?」

震える声で、電話の向こうの相手に話しかけてみる。
だが、返事がない。
十数秒程の沈黙の後、スピーカーから、ピーという小さな電子音のようなものが聞こえた。

『あ、あーあー。
おや、やっと繋がったかな?』

「え?」

『もしもし? あー、こちらの声は届いていますか?』

「えっ? ええっ?!」

声が、本当に聞こえて来た。
それは、若い男性の声――

『ああ良かった、ちゃんと聞こえてるみたいだね。
通じてないのかと思った』

「え? え? え?」

てっきり、異音や怖い声が聞こえてくるものだろうと警戒していたせいか、落ち着きのある優しい声は、かえって曜子を困惑させた。

『もしかして、驚かせてしまったかい? だったらごめんね』

「え、えっと……あの、どちらにおかけでしょうか?」

とりあえず、怖い相手ではないらしい。
曜子は、懸命に落ち着きを取り戻そうとして、こちらから質問してみることにした。

『特に、誰宛てというわけじゃないんだ。
通信を送ってみて、反応があったら、その人と話そうと思っただけでね』

「?! ?!」

曜子は、益々混乱した。

『ああ、失礼。まだ名乗っていなかったよね。
僕は、○◇▽иΠX――』

「え? え?」

『もしかして、君達の種族の言語中枢では、把握出来ない発音かな?
そうだな、だったら――アレク、としとこうか』

「アレク……さん?」

『そうそう。
君の名前は? あと、住んでいる“星”』

「ほ、星?!」

聞き間違いではない。
町名や市名、県名をすっ飛ばして、いきなり“星”と言われた。
もしかして、これは何か悪質なジョークなのでは? と思い始めた曜子は、深呼吸して天井を見つめた。

「わ、私は、曜子と言います」

『ヨーコ、か。なるほど、変わってるけど素敵な名前だね』

そんなに変わってるかなぁ? と思いつつも、言葉には出さず続ける。

「私が住んでいる……星は、地球ですけど?」

『チキュウ――? すまない、その名称には心当たりがないな。
星間座標を教えてもらってもいいかな?』

「せ、せいか……? ごめんなさい、それ何ですか?」

『ん? なんかおかしいな。
――ねぇヨーコ、この通信、今どんな状態で繋がっているんだい?』

アレクと名乗った男性は、不思議そうな口調で尋ねる。
曜子は、現在の状況をありのまま伝えた。
この会話が、本来成立する筈がないことも含めて。

『――へぇ、それは驚いた。
こんなこともあるんだね』

「あの、私、状況が全く飲み込めないんですけど。
いったい何が起きてるの?」

戸惑う曜子に、アレクは「落ち着いて」と一言挟み、説明を始めた。

この通信は、星間アマチュア通信と呼ばれているもので、別な惑星間で通話を行える特殊なシステムらしい。
本来は、それなりの設備を構えた者同士の間でしか通信出来ない筈なのだが、ごく稀にそうではない機器で受信が叶ってしまうことがあるという。

『――だから、理屈はわからないけど、君の通信システムが、
偶然僕の通信を、受信してしまったんじゃないかな』

「あ、あの! そ、それよりも!!」

『なんだい? どうしたの?』

「なんかさっき、さらっと、とんでもない事をおっしゃいませんでしたか?!」

『とんでもないこと? 何だろう?』

「あ、あの! アレクさんて、もしかして――う、宇宙人なんですか?!」

『ウチュウジン? う~んと、どういうことだろう?』

アレクは、地球人ではない?
だとすると、これはもしかして、史上初の異星人との通話なのかもしれない!
曜子は、緊張と疑惑と恐怖感、そして若干の興奮を覚え始めた。

天文知識に疎い曜子は、一生懸命に、わかる限りの情報を伝えた。
銀河系、太陽系、第三番惑星……それは小学生でも知っている程度の、ごく普通の知識に過ぎなかったが、アレクは興味深そうに聞いているようだった。

『そうか、チキュウジンという君達種族の文明は、まだ星間ネットワークが発達してないんだね』

「あの、本当に、地球ではない所から通信されてるんですか?」

『ああ、そうだよ。
僕達にとっては、普通のことなんだけどね。
――あ、ちょっと待ってて』

そう言うと、アレクは一分間くらい沈黙した。

『やぁごめんごめん。
今、そちらのおおまかな位置がわかったよ』

「え、そうなんですか?」

『具体的な座標まではわからないけどね。
――ああ、そうか。エマルエレケティナの方角なんだね』

「え、エマ……? ?」

『ごめんごめん、こちらでの呼び方だから、わからないよね。
そうだな、君にも伝わりやすく言うなら、光の速さでも十億年かかる距離って
ことだよ』

「十億年?!」

『そうだよ。
しかし、そんな彼方まで通信システムが届くなんて、奇跡としか言いようがない』

「ごめんなさい、よくわからなくて……」

『こちらこそごめんね。
全く知らない星の人と話せるなんて、滅多にない機会だから、
今、ちょっと興奮してるんだ』

「わ、私もです……
なんだか、まだ信じられない……」

『もし良かったら、ヨーコ、君の星について、教えてくれない?
とても興味があるんだ』

「は、はい! いいですよ」

曜子は、自分の環境について、アレクに説明を始めた。
地球について、日本という国について、県、市、町の概念について。
生活環境や学校のこと、友達のこと、TV番組のこと、スマホのこと――
それは、女子中学生の知識の範疇を出ないものに過ぎず、決して専門的な情報ではなかったが、アレクはとても興味深く聴いていた。

続けて、アレクも自分の星について教えてくれた。

驚くことに、アレクの星は、かなり地球と似た環境のようだ。
国があり、街があり、通貨の概念があり、家族や友達もあり。
地球と全く同じものもいくつかあるようで、二人は、その意外な共通点に揃って驚愕した。

『凄いね! まさか時計まであるなんて!』

「驚きました! 商店街もあるんですね!
観てみたいなぁ、そちらの街って、どんな感じなんだろう?」

『アーケードっていう屋根みたいなのがあってね、その下にお店が……』

「アーケード! それ、こっちにも普通にありますよ?」

『本当に? 名前もそのままなの? うわぁ、凄い!』

「もしかして、公園とかもあります?」

『うん、あるある!』

「こっちの公園はですね、ベンチがあって、砂場やブランコがあって」

『もしかして、ブランコって、二本の鎖でぶらさがってて……』

「そうそう!」

『じゃあ、滑り台なんかもあるのかな? 子供がよく遊んでたりするアレ』

「ありま~す! すっごい、共通点ありまくりですね!!」

『驚いたなぁ、じゃあ、モケケヘレンメなんかもあるんじゃない?
あれはとても激しくてね、小さい時僕も――』

「いえ、それは……多分、ないです」

『ええっ?!』

二人の電話――否、通信は、午前三時まで続いた。
さすがに眠気がピークに達し、気を抜くとそのまま寝入ってしまいそうだ。
そんな曜子の様子を察したのか、アレクは「そろそろこの辺にしよう」と言い出した。

『今日はありがとう。
君のような素敵な人と語り合えて、久々に充実した時間を過ごせたよ』

「こちらこそ、ありがとうございます」

じゃあ、また……と言い出して、はたと気付く。
この電話は、本来誰とも会話出来る筈がないものだ。
ということは、今回は奇跡的に繋がったとしても、次があるのかはわからないのだ。
思わず言いよどむ曜子に、アレクは優しく呼びかけてきた。

『この通信、明日もまた繋がるか、試してみてもいいかな?』

「えっ? は、はい!」

『もしまた繋がったら、もう一度、君とお喋りしてみたいな』

「わ、私もです! アレクさんと、もっとお話したいです!」

『ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。
じゃあ、明日また逢えることを願って』

「はい、おやすみなさい……」

『それが、君達の別れの挨拶なの?』

「はい、そうです。夜はそう言って」

『わかったよ、じゃあ、おやすみなさい、曜子』

「おやすみなさい、アレクさん」

――チン

受話器を置いた曜子は、大きな欠伸を一つして、ベッドに潜り込む。
そっと目を閉じた途端、一気に睡魔に襲われていった――

続く