銀河通信 (2/2)

曜子:
中学生。骨董品を集めるのが趣味で、昭和時代のプッシュ式電話機を通じて、宇宙人アレクとの通話を実現させる。

アレク:
地球から十億年離れた星に住む宇宙人で、優しそうな男性。午前一時に、曜子の電話に通信してくる。

橋本・七瀬・勅使河原(てしがわら):
オカルト研究会の部員で、全員女性+眼鏡っ娘。


大幅に削られた睡眠時間のせいで、曜子は、次の朝フラフラの状態で登校した。

しかし、夕べの不思議な通信のことは、はっきりと覚えている。
誰からもかかってくる筈がない、回線の途切れた、古いプッシュホン電話機。
そこに、十億光年彼方の星に住む人から、電話がかかって来たのだ。
自分が住むこの地球と、とても良く似た環境の星に住む、とても優しそうで穏やかな人――その名は「アレク」。

曜子は、休憩時間に、クラスメイトに夕べの出来事を話してみた。

だが――

「いや、それありえないし」

「曜子、あんたそれ夢だよゼッタイ」

「つか、なんで古いガラクタ電話で、宇宙人と電話が出来るわけ?
根本からおかしいじゃん」

「悪い事言わないからさ、曜子、その話、誰にもしちゃいけないよ?」

普段とても仲の良い友達は、全員困惑の表情を浮かべ、曜子の話を全く信じようとしない。

確かに、彼女達の言う事ももっともだし、もし自分がそんな話をいきなり聞かされたら、同じような反応をしてしまうかもしれない。
曜子は、いつしかそんな風に思い始めていた。

(あれは……夢だったのかなあ?)

放課後、帰宅準備を整え教室を出た曜子を、友達が呼び止めた。
例の話をした一人だ。

「ねぇ曜子、この人が、話を聞きたいって」

「? だ、誰?」

「初めまして――オカルト同好会の、橋本と言います」

「は、はじめまし……て」

“どんよりどよどよ”という効果音を背負っていそうな、独特の雰囲気を持つ眼鏡少女が、上目遣いで曜子を見つめている。

「あたし、この子に、あんたの不思議な話をしちゃったんだわ。
そしたらさ……」

「大変興味深いお話なので、よろしければ、詳しくお聞かせ願えませんか?」

「は、はぁ……いいですけど?」

ようやく、理解者? が現れた。
嬉しい――筈なのだが、橋本と名乗る少女の放つ、いかにもオカルト好き! というオーラが、素直に喜びを感じさせてくれなかった。

誰も居なくなった、三年B組の教室。
そこを間借りして活動しているのが、もう三十年もの歴史を誇るという「オカ研」だ。
橋本を含めて、全部で三人の少女が在籍するようだ。
そのいずれも、橋本と同じような眼鏡をかけ、似たようなオーラを漂わせている。

「曜子さん、誤解のないように初めに申しておきますが」

先ほどの自己紹介で、七瀬と名乗った“オカ研部長”が、呟くように語り出す。

「私達は、見ての通りオカルト好きですが、オカルトならどんなものでも妄信するというような、あさはかな思考は持ち合わせておりません」

「は、はい……」

「世には、俗に言うエセオカルトが沢山跋扈(ばっこ)しており、そのいずれも普通の科学で解析可能な、いわば偽者であることが殆どです。私達が求めるのは、そう言った分析・解析でも正体がわからない、本当の意味でのオカルトの――」

「わ、わかりました、わかりました!
それで、どこから話せばいいのか……って」

放置すると、どこまでも延々と続きそうな七瀬の話を強引に断ち切り、曜子は話をし始めた。

趣味のレトログッズ集めで手に入れた、古いプッシュホン電話機。
回線も繋がっていない電話なのに、何故かいきなり電話がかかってきた。
相手は、地球から十億年も離れた星に住む、アレクという優しそうな声の青年。
アレクの星は、地球との共通点がとても多い。
今夜も、また電話をかけてみようとしてくれている。

――概要を伝え終えた曜子は、オカ研の三人の顔色を、恐る恐る窺った。

「え~と、あの、大変申し上げにくいんですが」

一番最初に口を開いたのは、今までずっと黙っていたもう一人の部員・勅使河原(てしがわら)だ。
長い前髪と分厚い眼鏡のレンズに阻まれ、目線が追えない。

「そのお話、根本的な部分で、突っ込み所がありまして」

「えっ? それってどういうこと?」

「そのアレクという人、十億年の彼方から通信してるって言ったんですよね?」

「はい」

「ということは、アレクという人が声を出して、それが曜子さんに聞こえるまで、最低でも十億年かかるってことですよ?」

「えっ?」

「だって、通信ということは“電波”でしょう。
電波は光と同じ速さですから、秒速30万キロメートル。
単純計算で、9兆6千億キロメートル×10億……表記上は9.4608e+21kmとなり――」

「す、すみません! 私、宇宙とか光年とか、よくわからなくて」

「つまりですね。
百歩譲って、何かの奇跡で曜子さんの電話に宇宙からの通信が届いたとしても。
こんばんはの挨拶をかわすだけで、二十億年必要なんです」

「ええっ?!」

「だから、ズバリ申し上げて、アレクという人が十億年彼方の星にいるというのは、ウソです」

「そ、そんな……私、嘘なんかついてないのに」

うろたえて泣きそうになっている曜子に、七瀬と橋本は、あたふたし始める。

「曜子さんが嘘をついてるのではなく、そのアレクという人が嘘を言ってるだけかもしれませんよ」

「そうですよ! 第一、発想が突飛過ぎですもの」

勅使河原も加わり、その後一時間ほど話し込む。
しかし、十億光年の件以外にも、繋がらない電話での通話など、矛盾点が多すぎる。
そして、いくつかの疑惑も……

彼女達は、最終的に「もう一度確かめよう」という結論を出し、その日は解散することにした。

その晩、曜子は事前に軽い仮眠を取り、アレクからの通信を待っていた。
今朝までは楽しみにしていた通信だが、今の気分は半信半疑といったところだ。

時計が、午前一時を指す頃、再び、机に振動が生じる。

――リ、リィィィン

リィィン

リィィン……

(き、来た!)

曜子は、急いで受話器を取った。

「も、もしもし?」

『やぁ、曜子?
良かった、今日も通信が届いたみたいだね』

「あ、はい。こんばんは……」

『どうしたんだい? なんだか声が暗いけど?』

「あ、あの! 伺ってもいいですか?!」

『えっ? どうしたの急に?』

「あの、あの、この通話のことなんですけど――」

曜子は、オカ研の連中と話した時に述べられた疑問の一部を、アレクに投げかけてみた。

どうして、十億光年彼方との通話が、リアルタイムで可能なのか?

曜子の質問に、アレクは……逆に質問を返して来た。

『ちょっと待って、もしかして……
君達の星では、“エレパス”は普及してないのかい?』

「え、えれぱす? なんですかそれ?」

『そうか、ええとね。
噛み砕いて説明すると、精神の力で通話するシステムだね』

「せ、精神?!」

『そうだよ。精神波は、移動距離や時間の概念にとらわれないからね』

「?! ??」

全く理解が及ばない曜子に、アレクは優しい口調で丁寧に説明を始めた。

アレクが使っている星間アマチュア通信に限らず、彼の星やその周辺の星域では、既に電波や光による通信システムは使っていないらしい。
その代わり、発信者と受信者のコネクトを、テレパシーのようなもので繋げるシステムが発達しているという。
これが、「テレパス」というもの。
実際には、発信側・受信側双方に、精神波をブーストさせる機器が必要になるため、設備がないと行えない通信手段らしい。
にも関わらず、遠い彼方の曜子と通信が繋がったので、アレクは非常に驚いたのだという。

「つまり――超能力みたいなものなんですか?」

『チョウノウリョク? すまない、よくわからないけど……
生きている者であれば、誰でも持っている力を増幅しているだけだよ』

「そうなんですか! でも、じゃあなんで、この電話に……?」

『それは僕も、凄く興味があるんだ。
君の受信機の構造を、とても知りたい』

「そうですよね、どうすればいいのかな?」

『う~ん、そうだな……
あ、そうそう。
実は、今日は全然違う話題を用意してきたんだけどね』

そう言って、アレクは何やら楽しげに語りだした――

その晩も、午前三時まで通話は続いた。

その翌日、更にその翌日も、アレクとの電話は午前一時に繋がった。
二人の会話は弾み、お互いの住む世界の比較で盛り上がった。

ここまでのアレクの話を統合すると、彼の住む星の環境は地球にとても酷似していて、山や海、森や川をはじめとした自然物は、同じ名称で存在している。
街や都市もほぼ地球と同じ環境のようで、アーケード街以外にも、名前まで同じものが数多くあった。
しかし、テレビやラジオのような、各家庭に設置された娯楽システムがないため、「番組」という概念がなかったり、「学校」「成績」というものもなかった。
そのため、曜子は自分の立場や生活スケジュールを説明するのに、意外と手間取ってしまった。

一番衝撃的だったのは、「食事」の概念の差だった。
アレク達の星では、「料理」「美味しい」「まずい」といった概念が存在せず、皆当たり前のように、決められた栄養摂取を機械的に取り入れているだけだというのだ。
当然ながら、食事が関係する娯楽も一切存在せず、またアレク自身も想像が出来ない様子だった。

しかしアレクは、逆に自分が知らない事柄に対して強い好奇心を示してもいた。

『いいなぁ、君達の星って、娯楽に溢れているんだね。
人々の関係がとても温かそうで、羨ましく思えるよ』

「もし、アレクさんがこっちに来れたら、私、色んなところをご案内しますよ?」

『そうなの? うわぁ、嬉しいな!
僕だって、もし君がこっちに来てくれたら――』

誠実で素直な性格のアレクは、曜子が振る話題の全てに関心を示してくれる。
それが、とても嬉しくて、また微笑ましかった。

午前三時になり、通話も終わる方向へ向かう。
だが最後に、アレクが付け加えた。

『肝心なことを、言い忘れていた。
実は、君の住む惑星の位置を、特定出来たんだ』

「えっ? そうなんですか?」

『うん、ずっと昔に、うちの星域との連絡線が、タイヨウケイまで通ってたらしい。
どうやら、チキュウにも停泊することがあったみたいなんだ』

「えっ、そんなご縁があったなんて! 素敵かも!」

『しかもね、近々、その連絡線が復旧するみたいなんだ。
もしかしたら、本当にそっちにいけるかもしれないなぁ』

「うふふ、そうなったら楽しそうですね!」

『ああ、その時は、是非よろしくね! 曜子』

「はい、こちらこそ! ――おやすみなさい」

チン。

曜子は、受話器を置いたのと同時に、左手でずっと翳していたスマホのアプリを終了させた。

翌日、曜子はオカ研の橋本・七瀬・勅使河原に呼びかけ、放課後に集まった。

「これです、上手く録れてるといいんですが」

「お借りしますね」

オカ研部長・七瀬が、曜子の差し出すイヤホンを耳に装着する。
スマホのアプリを起動させると、しばらく目を閉じて、じっと聴き入る。

「――すごい、本当に聴こえます」

「アレクって人からの通信は、本当にあったんですね」

「ひどい、そこから疑ってたんですか?!」

「あ、いやその……」

橋本と七瀬が、スマホのボイスレコーダーに録音されたアレクの音声に興奮する傍ら、勅使河原は無表情で呟いた。

「それでは、先日お願いしていた通りに」

「はい、親の許可は取って来ました」

「じゃあ、明日の晩はよろしくお願いしますね、曜子さん」

オカ研の三人は、曜子に向かって、ちょっと不気味は微笑みを向けた。

その日は、金曜日。
曜子は、連日の夜更かしもあり、この日はアレクとの通信を休むことにした。
約束通り、その晩は電話は鳴らず、曜子は早い時間からたっぷり睡眠を摂ることが出来た。

そして、翌日の土曜日。
曜子の部屋には、橋本と七瀬、勅使河原の姿があった。

「無理を言ってごめんなさいね、曜子さん」

「いえ、いいんです。この話を真面目に聞いてくれるのは、皆さんだけですし」

「これが、通信に使ってる電話機! ふ、古いものですね」

「確かに、電話線も電源コードも繋がってませんね」

勅使河原は、断りもなく受話器を持ち上げ、耳に当てた。
そして、懐から小さな銀色の箱のような機械を取り出した。

「それ、なんですか?」

「盗聴器発見器です」

「えっ?! な、なんでそんなものを?!」

「実は、通販で安く買えるんですよ、これ」

「い、いえ、そういうことじゃなくて」

勅使河原は、無言のまま機械を操作して、曜子の室内をうろつき回った。

「もしもですよ、アレクと名乗る人物が、実は地球人だとして」

「そ、そんなことはないですよ!」

「曜子さんの部屋の中に忍び込んで、何か通信機器を取り付けていたとしたら」

「そ、そんな……」

「でも、この電話は通信には使えませんから。
そうでもしないと、通信は不可能なのでは」

「……」

曜子は押し黙ってしまったが、半分くらいは、勅使河原の意見に賛同していた。
確かに、使えない筈の電話機で、何故通話が出来るのかという疑問はある。
もし、ストーカー的な目的を持つ誰かが、アレクの名を騙っていたら……

しかし、勅使河原の盗聴器発見器は、とうとう最後まで反応しなかった。

「午前一時を、待ちましょう」

勅使河原のその一言で、三人は同時に溜息を吐いた。

土日にかけて、曜子の自宅に宿泊してアレクからの通信を、直接観察する。
七瀬の提案を受け容れた曜子は、息を殺して、時計に見入っていた。
他の三人も、パジャマ姿で机の電話を凝視する。
先ほどまで行われていた些細なパジャマパーティは、その瞬間に終了した。

――リ、リィィィン

リィィン

リィィン……

「な、鳴った!」
「本当に、鳴りました!!」
「しっ、二人ともお静かに。
曜子さん、お願いします」

「は、はい」

勅使河原の指示に従い、曜子は、いつものように受話器を取った。

『もしもし、曜子? こんばんは』

「こ、こんばんは、アレクさん!」

『今日は大丈夫? ごめんね、君達の種族の休息のことを、理解出来てなくて』

「いいんです、そんな事!
でも、便利ですよね。眠らなくてもいいなんて」

『そうかな? そうかも』

「あの、ところで、今夜はお友達がいるんです。
電話、代わってもいいですか?」

『えっ? そうなの?
うわぁ、それは楽しそうだね。是非!』

打ち合わせ通り、曜子は橋本と電話を代わり、その間に勅使河原と七瀬が、再び盗聴器発見器を使用する。

「は、初めまして! は、橋本と言います」

『初めまして。アレクと言います。
曜子のお友達なんですね、よろしく!』

「うわぁ♪ とっても優しい声~♪」

受話器を握りながら、突然身悶えし始める橋本をよそに、曜子を含んだ三人は発見器に見入る。
しかし、やはり盗聴器の反応は、全くなかった。

「こうなると、もう説明不能ですね」

「なんかこう……未知のナンチャラの力とか、そんな」

「あの、橋本さん、なんだか妙に楽しそうじゃありません?」

曜子は、自分の机で楽しそうに会話する橋本の背を指差す。
七瀬と勅使河原は、無言で頷いた。

その後、七瀬と勅使河原も電話を代わり、その晩は午前四時まで通話を続けてしまった。
アレクは、三人の友達の存在にいつも以上に興奮した様子で、とても嬉しそうだった。

電話の終了間際、アレクが、少し落ち着いた声で曜子に語った。

『そうそう、最後に、肝心な話を伝えないと』

「なんですか?」

『実はね、僕、君の星に行けることになったんだ』

「 え え っ !? 」

曜子は、明け方にも関わらず、つい大声を立ててしまった。
半分眠っていた勅使河原達も、その声ではっと顔を上げる。

『君達の概念で、来週、になるのかな?
ほんの少しの時間だけど、君の住む所にも行けそうなんだ。
もし良かったら、少しだけ、逢わないかい?』

「わ、わかりました! ぜ、是非っ!!」

『もし良かったら、お友達も一緒に。
詳しい事は、また連絡するからね』

「は、はい!」

訪れていた眠気が、一瞬で消えうせる。
曜子は、爛々と輝く目を、三人に向けた。

アレク来訪の話は、曜子とオカ研に、大きな衝撃と期待を与えた。
なにせ、宇宙人とのリアルコンタクトなのだ。
世界的にも衝撃的な出来事を、体験できるとなれば、オカルト研究会でなくても興奮するだろう。

七瀬達三人は、アレクとの直接会話を経て、電話機や盗聴器の有無問題も絡め、全てを受け容れるしかなかった。
アレクは宇宙人で、地球人の知らない不思議な通信システムで、連絡してくる。
それが、否定し難い現実なのだ、と。

まさに、彼女達が求めていた「真のオカルト」が、そこにあった。

その後、曜子とアレクの通話により、詳しいコンタクトの日取りが確定した。
日曜日の午後三時、曜子達の住む街からほど近い海岸にある、白い灯台。
それが、一番目立ち判りやすい場所だろうということになった。

アレクが、いったいどういう手段で訪問するのかは、わからない。
しかし、アレクはその場所に一人でやって来るというのだ。

その代わり、滞在時間は、15分のみ。
彼の言う「連絡線」という物の都合があり、それが限度なのだという。
だがそれでも、曜子達にとって貴重な体験になることは間違いなかった。

『それじゃあ、明日はよろしくね、曜子』

「はい、こちらこそ! 宜しくお願いします」

金曜日の晩の通話が終わり、受話器を置く。
時計は午前三時を指しているが、曜子は、全く眠気を感じていなかった。

約束の土曜日が、訪れた。
曜子と橋本、七瀬、勅使河原の四人は、灯台の根元までやって来ていた。
少し海風が強く寒いが、耐えられないほどではない。
十分以上早く着いた四人は、出来るだけわかりやすい場所に居ようと相談し、ここでもない、あそこでもないと、ちょこちょこ動き回っていた。

「そろそろ、三時ですけど?」

「えっと……UFOらしきものは、見えないですね」

「もしかしたら、銀河鉄道みたいな乗り物で来たりして?」

「意外に、潜水艦で海の中から来たりして」

「「「 そんな馬鹿な! 」」」

ここ数日のアレクを巡るやり取りで、すっかり仲良くなった曜子とオカ研の三人は、ふざけ合いながらアレクの来訪を待ち続けた。

――だが、灯台には、誰も近づいて来ない。

車も、バイクも、自転車も来なければ、UFOも汽車も、潜水艦も来ない。

四人は、冷たい海風の吹く中、辺りをキョロキョロと見回すだけだった。

「もしかして、誰が曜子さんなのかわからなくて、声をかけづらいとか?」

「い、いやいや! それ以前に、誰もいないですから!」

「あの、もう午後三時、過ぎましたよ?」

「あ……本当だ」

約束の時間は、三時十五分まで。
しかし、とうとう、アレクと思われる人物は、姿を表さなかった。
四人は、午後四時まで待ち続けたが、それが限界だった。

寂しい気持ちで帰宅した曜子は、母親に呼び止められた。

「ねぇ、あんたの部屋で、なんか鳴ってない?」

「えっ?」

慌てて階段を駆け上り、自室に飛び込む。
机の上では、電話機が、聞き慣れた呼び出し音を立てていた。

リィィン

リィィン……

「もしもし?! あ、アレクさん?!」

『良かった、連絡がついた!
ごめんね、こんな時間に』

やはり、電話はアレクからだった。
しかし――

「あの、私達、ずっと待ってたんですけど――」

『ああ、それなんだけどね。
君達、僕の姿……見えてなかったみたいだね』

「え?」

『僕、君達のすぐ傍に、ずっと居たんだよ』

「ど、どういうことですか? ゆ、幽霊?!」

『ユウレイ? 何だいそれ?』

動揺する曜子に、アレクは詫びの言葉と共に、事情を説明し始めた。

『君達は、イセリアル体じゃなかったんだね。
ごめんね、そこを失念していたよ』

「どういう意味ですか?」

『そうだね、判りやすく言うと、僕達種族は肉体を持たない――
いわば、エネルギーだけの生命体なんだ』

「え、えねるぎぃ? 生命体?!」

『そう、だから肉体を持つ君達とは、位相がずれてるような感覚になる。
――あっとごめん、わかりやすくいうと、君からは僕の姿が見えなくなるんだ』

「え……そうなんですか?」

『本当にごめんね、同じイセリアル体同士なら、視認することも出来るんだけど。
まさか、声まで聞こえないとは思わなかったよ』

「そうなんですか……残念です」

『本当にごめんね。
でも、ちょっとだけ、君達の世界が見られて感動したよ。
“トウダイ”だったかな? とても大きくて白くて、迫力があったね』

「あ……」

曜子は、その言葉に思わず微笑んだ。
アレクには、灯台の色までは伝えていなかったのだ。

『曜子とお友達の姿も見たよ。
皆可愛いね。曜子、特に君は可愛かった』

「私だって、わかったんですか?」

『うん、ナナセから聞いたんだ。
四人の中で、君だけ“眼鏡”をかけてないんだってね。
眼鏡って、あの丸が二つ付いたものでしょ?』

「そ、そうです! ああ……♪」

まだ夕方なのに、二人の会話は、いつものように盛り上がった。
しかし、まもなく一時間が経とうとする頃、アレクの口調が突然変化した。

『そう、実は今日、逢った時に伝えようと思ったんだ』

「どうしたんですか?」

『この通信だけど、今回で最後になる』

「――えっ?」

アレクは、初めて聞く暗い口調で語り出す。
星間アマチュア通信の法律基準が改正されたらしく、現在使用しているエレパスの強度が、今後使用禁止になってしまうという。
その改正が、地球時間で明日。
そのため、アレクは無理を圧して曜子に最後の通信を送っていたのだ。

『短い間だったけど、楽しかったよ。
曜子、君の姿を見られただけで、僕は幸せだよ』

「アレクさん……そんな、もうお話できないなんて!」

『元々、この通信は、本来届かない所に届いてしまったイレギュラーなものなんだ。
だから……いや、なんでもない』

「またいつか、お話出来る日が、来ますよね……?」

こみ上げる悲しみを堪えた弱々しい声で、曜子は呟く。
しばしの間を空け、アレクは、冷静な声で告げた。

『いや、それは約束出来ない』

「!!」

『すまない、君には、嘘をつきたくないんだ。
本当にごめんね、そして、ありがとう』

「アレクさん……」

『遠い星に住む、僕の友達、曜子。
さようなら』

「さようなら、ありがとうございました……っ」

それで、電話は途切れた。
虚無感と寂しさを同時に味わい、曜子は、その場に崩れ落ちた。
そして、泣いた。

曜子の部屋の電話は、その後机の上から本棚の上に移動した。
あれから一年以上経つが、電話は二度と鳴らなかった。

受験を控え、夜遅くまで勉強にいそしむ曜子は、オカ研の三人との付き合いは続いているものの、アレクのことは徐々に忘れかけていた。
否、覚えてはいるのだが、頭の中での重要度が下がって来たというべきだろうか。

彼女にとって、あの星間通信は、まさに夢のような出来事だった。

受験が終わり、合格発表の日。
曜子は、志望校に見事合格し、その日は両親に盛大にお祝いしてもらった。
新しい生活に向けて心弾む曜子は、その晩、ふとあの電話を見上げた。

時計は、午前一時を指している。

――リ、リィィィン

リィィン

リィィン……

(えっ?)

電話が、突然鳴り出した。
聞き間違いではない、確実に鳴っているのだ。

曜子は、慌てて椅子を引っ張ると、それを足場にして電話を取り上げた。

リィィン

リィィン……

「も、もしもし?!」

机の上に電話機を置き、急いで受話器を耳に当てる。
しばしの静寂の後、懐かしい声が、響いて来た。

『やぁ、久しぶり』

「あ……アレク、さん?」

『合格おめでとう、曜子』

「?!」

『ごめん、実はまた地球に来ちゃったんだよ。
それで、君の喜ぶ様子を、後ろから見てたんだ』

「アレクさん……! また、来てくれたんですね!」

『もう星に帰るから、今回だけ特別な通信なんだけど……
どうしても、君にお祝いの言葉を、伝えたかったんだ』

「あ、ありがとうございます! ああ、アレクさんっ!!」

止め処なく涙が溢れる。
だがそれは、悲しみの涙ではない。

遠く離れた、まだ見ぬ友人の、心のこもった優しい祝福の言葉。

曜子にとって、それが最大の喜びだったのだ。

銀河通信 完