お菊さん

お菊:
お菊さんとして働いている。

お母さん:
お菊の母親。


ここ最近殺人事件のニュースばかりが流れていた。ニュースによると今月に入って溺死体が五件も起きているという。被害者は全員濡れていた。溺死だからそれは当然だろう。しかし、問題はそこではない。被害者はなぜかぬめぬめしていたというのだ。被害者が発見されたのは地元でもきれいだと話題の池だ。ぬめぬめするはずがないのだ。汚い池ならまだしも、きれいな池なのだから。

さらに被害者の足首には手の跡があったという。警察の見解では被害者は足首を掴まれ、池に引きずり込まれたのではないかということだ。犯人の目星はついておらず、現在も捜査中とのことだ。

お菊「最近は物騒なニュースばかり流れているね。たまにはほのぼのとしたニュースも観たいんだけどね」

お母さん「そうよね。事件が解決するまでは池には近づかないほうがいいわね」

お菊「そうだね。まあ、仮に池に引きずり込まれたところで死なないんだけどね。だって私たちはもう死んでるんだからね」

お母さん「それはそうだけど、別に恐怖心まで失くしたわけじゃないからね。幽霊といえども怖いものは怖いのよ」

お母さんの言う通り、もう死んでいるとはいえ、怖いものは怖いのだ。

私たちは泣く子も黙る『お菊さん』だ。人々を怖らせるのが仕事だ。怖がらせるだけで危害は加えない。そんな野蛮はことはしない。

普段は幽霊の姿で過ごしているが、仕事の時だけは実体化する。幽霊の姿のままだと霊感がある者にしか見えず、霊感がない者には認識されない。それでは仕事にならない。だから仕事の時だけ実体化するのだ。仕事が終わった後はいつも反省会をする。今日はうまく怖がらせたとか怖がらせなかったなどの反省をするのだ。

お菊「この事件が仕事に影響しなければいいんだけど。こんな事件が連日起こっていたら、外に出歩かなくなるかもしれないし。もしそんなことになったら仕事にならないよ」

お母さん「それはどうかしらね。池に近づかなくなるだけで、普段通りに出掛けるかもしれないわよ。まったく出かけなくなるってことはないんじゃないかしら。買い物とかもあるし」

お菊「確かにそうだね。地元で物騒な事件が起きていたとしても、大概の人は自分には関係ないと思うだろうからね。怖いことは怖いけど、それほど危機感は抱かないかもしれないね」

お母さん「ええ、大概の人は自分には関係ないと思うものなのよ。だから仕事にはさほど影響はないはずよ。いつも通り皿を持って待機していればいいわ」

お菊「わかったよ。普段通り、待機しておく。あともう少しで仕事の時間だから、それまでにお皿を用意しといてね」

お母さん「ええ、用意しとくわ」

――二時間後

私は井戸の側で待機していた。白装束を着用し、側には皿を置いている。あとは誰かが来るのを待つだけだ。

しばらく待っていると、誰かが来るのが見えた。暗くて顔まではわからなかったが、そのシルエットからして恐らく男性だろう。

お菊「一枚、二枚――」

男性と思われる人物は足を止め、周りをキョロキョロと見回していた。そこで私はようやく気付いた。シルエットがおかしいことに。なにかを背負っているように見える。何を背負っているのだろうか? それに手の形もおかしい。水かきらしきものが伺える。人間は水かきがまったくないわけじゃないが、あそこまで大きくはないはずだ。

お菊「――四枚、五枚……」

私は不思議に思いつつも、お菊としての仕事を全うすることにした。わからないものは、いくら考えたってわかりやしない。考えるだけ時間の無駄だ。

お菊「……七枚、八枚、きゅ……え?」

お皿が八枚しかない。あと一枚足りない。正確にはあと二枚足りないのだけど、九枚目まで数えてあと一枚足りないと言うのがセオリーだから、お皿は九枚でいい。しかし、ここにはお皿が八枚しかない。お母さんめ、数を間違えたな。ちゃんと確認しなかった私も悪いのだけど。

ふと男性が近づいてくるのが見えた。頭にはお皿が載っていた。

お菊「あ、お皿だ!もしかしてそのお皿は私のじゃないの?」

私は男性に飛び蹴りを食らわし、お皿を取り戻す。その瞬間、バキッと音がした。それに何かぬめりとした感触があった。

あらためて皿を見てみると、そのお皿は私のものではなかった。単なる勘違いだった。勘違いで男性を蹴り飛ばしてしまった。私はなんてことをしてしまったのだろう。

お菊「あ、あのすみません! 私の勘違いでした! 本当に申し訳ございません!」

私は男性に向かって頭を下げたが、何の反応もなかった。

気絶してしまったのだろうかと私は顔を上げ、男性の正体に気づいた。それと同時に連日ニュースで報道されていた殺人事件の犯人もわかった。

キャスター『本日のニュースを伝えます。連日起こっていた殺人事件ですが、先週を境にピタリと止まりました。現在も捜査中とのことです。続いてのニュースは〇×廃墟にて河童と思しき遺体が発見されました。全身がぬめぬめとした液体で覆われており――』